ロンリーハート (6)

 緊迫した事態ではあるのだが、アントワーヌの唇にはつい、笑みが浮かんでしまうのだった。

(なんか、レアな鎌倉殿見れた、ていうか聞けた。〈ぴえん〉てやつ?)


 鎌倉殿ぴえん。

 まあ、じつはそんなにめずらしくない。何度も言うけどカミーユ、ていうか頼朝、わりと喜怒哀楽がはげしい。

 いままでもけっこう出てきたし、これからもどんどん出てきます、鎌倉殿ぴえんとか鎌倉殿ぱおん。乞うご期待。


(さてと)

 アントワーヌの微笑は、かるい苦笑に変わる。

(中退の手続きするか。寺の)

 彼はまだ修行僧の身だ。大学で言えば卒業資格に当たる〈伝法灌頂でんぽうかんじょう〉というのを受けていない。これを受けないと正式な僧侶としては認められない(真言密教の場合)。

(正式な資格があったら、祈祷とかいろいろ、鎌倉殿の役に立てたと思うけど……

 もう、いいわ。勉強飽きた)

 おいおい全成くん! いいのかこの場のノリで決めて? ちゃんと卒業しなくて?

 けっきょくその白頭巾と僧衣はファッションだったのね?

 まあいいけどね、似合ってるから。


「何」アントワーヌの感慨を敏感に察知したらしく、カミーユが訊いてきた。スマホまだつながってたんである。

「ああ。なんか、ひさしぶりに話しましたね」

「うん」嬉しそうだ。「これからは、もっといっぱい話せる」

「ちょ……」

 思わず吹きだした。(可愛すぎるだろ)

 吹きだしつつも、これでおれもフラグ立ったな、と冷静に考えたりしているアントワーヌだ。


 その予感は遠い将来当たることになる。阿野全成は畠山重忠と同じく、頼朝の死後、北条家に謀反の罪を着せられて、家族ともども滅ぼされる。とにかく、鎌倉殿にちょっとでも微笑みかけられた人間は、かならず後日、北条家がきっちり始末をつけてくれるルールなんである。

 そのへんのダウナーな内ゲバ黒歴史は大河ドラマがぜんぶやってくれるそうだから、安心しておまかせして、われわれはこのお気楽路線をラリラリ進むこととしよう。 


「そうだ、文覚どの」アントワーヌはふと思いついて言ってみた。

「何?」とカミーユ。

「文覚どのに、最近連絡してる?」

「してない」かるく息をのむ声が聞こえた。「そう言えば」

「いや、ちょっと、思いついたんだけど。おれじゃあなたの護持僧ごじそうはつとまらないでしょう」偉い人専属の祈祷僧のことだ。「文覚上人はどうかな?」

「ああ! たしかに」

「あの人なら信頼できる。法力ほうりきすごいし。朝廷からも一目置かれてるし」

「うんうん」

「人間もまっすぐだし。下心ゼロ。いまあなたを囲んでる野郎どもと違って」

「うんうん!」

「やや乱暴だけど」

「うん」笑っている。

「ま、おれたち源家が基本乱暴だから、ちょうどいいかもだし」こちらも笑う。

「アントンすごい、それ名案! 本当、なんでいままで思いつかなかったんだろう」


「悪い癖だよ、鎌倉殿。ぜんぶ一人で抱えこもうとする。頼れる人を作ったほうがいい。

 文覚上人に、護持僧になってもらおう」

「引き受けてくれるかな?」

「まずは当たってみようよ」

「うん」

 期待に声をはずませる二人。


 その文覚が、消息を絶っていることを、二人ともまだ知らない。



※頼朝が文覚を尊敬し、護持僧として鎌倉に招こうとしていたのは史実。そのあたりも今後じっくりことこと煮込んでいこうと思うので、楽しみにしていてください。(言っちゃったよ)

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