ロンリーハート (11)

 彼女の耳に何かついているとでも言うのか。

 いつもと変わらないじゃないか。白い耳たぶ。右耳だけにピアス。クリスタルの。

 いや待て。ちょっと腫れてきてないか。ほんのり赤くなってる。

 いや待て――


 ピアス?


 最初に会ったときにこんなピアスしてたか?

 アントワーヌの頭の中を記憶がめまぐるしく駆けめぐる。

 ここへ連れてきてからは見慣れていたから気づかなかった。だけど、これ。

 いま初めて耳の後ろから見ている。

 ピアスじゃない。


 刺さっている。破片だ。水晶の。


〈抜いてやれ〉神がささやく。〈早く〉


 動悸が速くなる。

 息を止め、そっと耳たぶに指をのばす。

〈違う。手じゃ抜けない。歯で抜け〉

 歯で?!

〈それだけじゃだめだ〉冷静な指示がつづく。〈抜いたら血を吸って吐け。毒を吸い出してやれ〉

 毒。

〈本来は毒じゃないんだが、別次元の時間が体内に入ってる。だから精神が止まってしまっている。

 おれが抜いてあげたいけど、感電しちゃうからなー。くそ〉


〈まあ、いまのままでも命に別状はない。もとに戻れないだけだ。

 どうする〉


 こちらの緊張を察したのか、アリアがふりかえった。

「怖いお顔」

 不思議そうに言う。

 アントワーヌは深く息を吸った。


「御前。しばらく目をつぶっていてくださいますか」

「どうして?」

「いまからちょっと痛いことをする……から……、でもあなたのためです。信じてくださいますか」


 すなおにうなずいて、アリアは目を閉じた。

 まつ毛が長い。


 それは――


 ほんの一瞬の、半秒ほどの間だったかもしれない。

 誰にだってあるのではないか。悪魔の誘惑が心をよぎることが。生殺与奪というやつだ。いま手の中にある、この可憐な生き物を、自分はひとひねりで握りつぶすことができる。


 それがとてつもない快感に違いないと、


 どうして人は想像できてしまうのだろう。さんざん他人に傷つけられてきて、自分はもう誰の思いどおりにもされるものかと――固く誓っているはずなのに、同じことを、他人に?

 いや、握りつぶす必要さえない。何もしなければいいだけだ。何もしなければ、この子はずっとこのまま自分を慕ってくれる。恩人だと信じて。

 真実を思い出させたら――

 何もかも終わりだ。

 最初に出会ったときのように、彼女はしゃーっと毛を逆立ててちっちゃな爪をむいて引っかいてくるにちがいない。「いや! すけべ! あっちへ行って!」と叫びながら。


 そのほうがいいに決まってるじゃないか。


 アントワーヌは微笑して、自分も目を閉じた。

(おれは出世できないな。一生)

 小さな耳に唇をよせ、がりっと石を噛む……


 おだやかな遠雷が、虹とともに消えていく。

 どうやら神は、最後まで見とどけずに帰ったらしい。

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