ロンリーハート (10)
虹が出ている。
二重の虹が出ちゃってる。ダブルレインボー。ぱああ。
「えーなに、そんなに彼女好きなの」思わずじーんとするアントワーヌだ。
「しーっ」
「くゎ……可愛い」
ジャン=ポール、両のこぶしを口に当ててうるうるしている。
「静ちゃーん」
見初めた、というようなナニなアレではない。小学生がハムスターの動画を見て熱狂しているのと変わらない。
だいたいこの人は生前ちゃんと恋愛するひまあったんだろうか。いちおう妻子があったみたいだが、自分がはらませたとわかってたかどうかも怪しい。とにかくケンカしてバスケして、いやバスケじゃない、それは桜木花道だ。合戦して、あっというまに死んでる。バトルのあいまをぬってちゃんといろいろ女の子に手を出してた義経ほどの才覚もない。不憫だぞ悪源太。
ダブルレインボーに守られて、緑の庭にたたずむ美少女。
下駄の素足が露で濡れても気にしていない。
むしろ心地いいらしい。もともと人魚だからね。
いっしんに、何か見ている。
きゅうにふりかえった。
雷神、動転してぴゅっと弟の後ろに隠れる。なんだその純情は。彼女からは見えてないってさっき自分で言ってたのに。
「全成さま」
「どうしました」
「大変なの」おろおろしている。「小鳥さんの赤ちゃんが」
「は?」
「ここ」しゃがみこんで、木の幹の根もとあたりを指す。「ここにつかまってるけど、落ちちゃいそう。どうしよう」
そばへ寄って見る。
指でつまめるほどの小さなひな鳥だ。羽はほぼ生えそろっている。巣立ち間近なのだろう。
だが、まだ飛べない。
木肌にけんめいにしがみついているが、たしかにずり落ちていっているように見える。
「さわっちゃだめよね。だめでしょう?」
そのとおりだ。野鳥のひな鳥にむやみにさわってはいけない。人間の臭いがついたひなを親がそのまま育児放棄することが多い。
「助けてあげたいの。どうしたらいい?」
じつはほとんどできることはない。見守るしかないのだ。
ひなにさしのべようとしている彼女の両手を、そっと後ろからつかむ。
「うん。さわっちゃだめ」
うるさいほどのさえずりが聞こえて、二人で見上げる。
小鳥が二羽、ばたばたと、すぐ頭上を舞っている。
(親だ)
さえずりではない。鈴を振っているようにしか聞こえないが、威嚇だ。けんめいにこちらを追いはらおうとしている。
彼らにしたら死にものぐるいで戦いを挑んでいるつもりにちがいない。
思わず笑みがこぼれる。
「ほら、そこにお父さんとお母さんがいるから。そっとしておいてあげようね」
「でも」
「大丈夫」
大丈夫では、ないかもしれないのだが……
そのとき、
〈耳だ〉
兄のささやきが聞こえた。
〈耳を見てやれ〉
耳?
〈わからないか〉あきれ声だ。〈上からだとよく見えるんだが〉
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