ロンリーハート (8)
夕立、という言葉が、かつてこの国にはあったような気がする。
昨今は「ゲリラ豪雨」などという災害用語にとって替わられてしまった。
まあじっさい最近のは夕立なんて粋なものじゃなく、もうゲリラな豪雨としか言いようがない雨だからしかたない。広重さんだってこれじゃ浮世絵に描きようがない。雨の線だけで真っ黒になっちゃうよね。
叩きつけてくる雨粒。痛い。ばりばりと稲妻、雷鳴。
で、五分で上がったりする。
ライフルを乱射しておいて、銃弾が尽きたから終わりにするぜ(ふっ)、みたいな感じ。
薬莢でこそないのだが、ぽたぽたと大粒の雨だれが
そこからひょいと逆さまにのぞいた顔がある。
「よお」
「どわっ」
アントワーヌがのけぞるのも無理はない。敵は空から降臨してるのだ。しかも――
「頼むから全裸はやめてって前にも言ったでしょう! ここ寺だから!」
「ちゃんと履いてるし。ほら」
「履いてるうちに入らないよそのビキニブリーフ。何なの」
「やー虎柄あったんでメルカリでついポチッた。柄選べて四枚でニキュッパ安くね?」
「いいからその黒雲@座布団サイズから降りてくれませんか早く」
「なんで」
「いや、だから、ちょうどおれの目線のところに兄者の虎さんが来てるんで」
「どうだうらやましいか」
「しくない」
乱暴者ぞろいの源氏ファミリーのうちでもワーストスリーを選ぶなら。
三位が九郎義経として。
二位はこの人で決定だろう。
九人兄弟の長男、
ちなみに(前にも言ったけど)「悪」はすんごく強いという意味だ。ワル源太ではない。
あまり違いがわからないという説もあるが。
かつて父義朝が討たれた折、郎党どもがあっというまに逃げ散って一人取り残された義平は、それでも屋根づたいに飛んで身を隠し(このへん義経と似てる)、単身清盛をねらうも運尽きてとらえられ。
六条河原に引き出され、敷き皮の上に座らされて、いよいよ首をはねられるとき、
「うまく斬れよ。へたに斬ったら蹴り殺す」
(良う斬れ。悪しう斬るならば蹴殺さんずるぞ)
ふりむいて首斬り役をはったとにらみつけたという、とんでもない男だ。
首はねられたら蹴り殺せないだろう、と見物人たちは笑ってツッコんだのだが。
笑いごとではなかった。なんと後日、その首斬った侍は落雷に打たれて死ぬ。
『平治物語』巻之三、「悪源太雷電となる事」の段である。
だが義平にしたら大した「ざまあ」ではなかっただろう。無念にかわりはなかったはずだ。
「殊なる思出もなくして、生年廿にして、つゐにむなしく成にけり」
(とくに良い思い出もないまま、生年二十歳で、ついに帰らぬ人となった)
この一文を読むと、ほろっとしてしまう。
のだが……
だからって全裸、いやビキニブリーフ一丁で思い出を作りに出てこなくてもいいじゃないかという話だ。もうゲリラ以外の何ものでもない。
「虎柄のほかにヒョウ柄と黒と、あとピンクがあるんだが履くか? 二枚千円でどうだ」
「大阪のおばちゃんですか」
「あめちゃんは持ってねーぞ」がははと笑っている。
何しに来たんだ悪源太。とりあえず何か着てくれ。目のやり場に困る。
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