第13話

 どうして眠るのだろう。

そもそも動物には睡眠という機能が必ずあって、睡眠欲には決して逆らうことができないでいる。眠るという行為には動物観点からいうととてもリスクの高い行為じゃないか?

例えば、草食動物は肉食動物から逃げるために常に警戒心を怠ってはいけないはずだ。気を抜いていしまうとあっという間に寝込みを襲われて捕食されるだけだ。だから、本来ならば睡眠なんかとらずに動き続けて逃げ回れば生き残る確率が上がるのになぜか欲には逆らえないのが不思議だ。

圧倒的に弱者には不利な条件だ。

神様が本当にいるのならば、なんて欠点を与えたのだろう。神様はきっと善良なのではなくいたずら好きな悪魔なのかもしれない。

つまり、何が言いたいかというと。

私は現在怖くて寝れないのだ。

どうしても、あれが夢か妄想なんて思えないんだもの。こうやって寝込みを襲われる可能性は十分にありそうで心配でならない。

「だめだ、寝れない。」

部屋の電気をつけると時計の時間は深夜を過ぎており、窓から他の病棟を見渡すとほとんどが消灯している。1室だけを除いて。もちろん私の部屋も消灯しているので向こうから見ても同じような景色なのかもしれいけど1室だけ明かりが点いているいると私と同じなのかもしれないと想像してしまう。

まあ、病院で入院しているくらいなのだから、きっと何か不幸があっているに違いないのだから。まさか、病院をホテルのように宿泊目的に利用するなんて考える変わり者がいれば話は別かもしれないけど。そんな人いるのかな。まあ、病院も全室常に埋まっている訳でもないんだし、仮に空室を宿泊者向けにサービスするというのはどうだろうか。もし旅行者が泊まりに来たとしてケガや病気に突然起きたら24時間看護婦さんやお医者さんがすぐに駆けつけてきてくれるし、栄養バランス抜群の朝食と夕食付だし、辺りには緑も見渡せる最高の施設じゃないですか。

至れり尽くせりとはまさにこの事ではないじゃないか。

まあ、すでに入院している病人からしたら騒がしくて寝てられないだろうし、旅行者も気を使ってゆっくりなんて出来ないだろうからお互い気分を悪くしそうだね。

これは失敗だ。1つビジネスアイデアを浮かんだと思ったのに。

「はぁー」


下らない妄想をしているおかげで、さっきまで震えが治まっていた。妄想できるくらいにはまだ心の余裕は取り戻せているようだ。

しかし、このまま部屋にいるのも落ち着かない訳なのでして廊下を歩くことにした。本当はこんな勝手な事をしているのはいけないことなんだけど眠れない時には一度部屋を出て別のことをしてリフレッシュした方がいいそうだ。もしかしたら、館内を歩いているとあの心優しい看護婦さんとバッタリ会えるかもしれないし、そうしたらちょっとお話相手にでもなってもらおうと何とも迷惑な事を考える。

「しかし、夜の病院って何だか不気味よね。」

よくドラマやホラー映画などで夜のシーンで見ることがあるけど、実際にはBGMもなくとても静かで、普段は白くて清潔感があるこのタイルの色も、月明かりに眩く照らされて少し青み掛かって何だか肌寒さを連想させるような色に見える。こっちまでブルーな気持ちになってしまう。

聞こえるのは、微かに窓から入ってくる風の音と高揚する心臓の高鳴り、そして。

そして?

静寂な空気から運びよる静かなに聞こえる足音。

私ではない。間違いなく誰かの足音。ゆっくりと近づいてくる足音はあの看護婦さんかな。そのまま私は立ち止まり前方から来る人を待つ。

「こんにちは」

涼しい声が耳を通り不思議と安心感を感じる。薄暗くてよく見えないけど、向こうも私に気付いているみたいだ。

「こんにちは」と私も返す。

ようやくお互いの顔が認識できるくらいにまで距離が近づいてきて顔を合わせる。

声色を聞く通りの何とも涼しい顔をした男性だった。体格はスラっとしていておそらく身長は平均的な大きさだろうけど、身に纏う白衣がなんともスタイリッシュに決っていて実際よりも身長が高く見える。

「こんなところで何をしているんだい?」

穏やかな表情で私に問いかける。

「いえ、なかなか寝付けなくて落ち着かないのでちょっと散歩でもしようかと思いまして。」

「そうですか。だけど患者である以上勝手に出られては困りますね。一応あなたは病人なのですから。」

少し困惑しているようだが、全く顔色を変えない。

余裕の笑みである。

よく見ると端正な顔立ちをしていて、透き通った綺麗な肌をしている。こんな表現男性にはとても似合わないかもしれないけど、月明かりに照らされて何とも不思議な魅力を出している。

妖艶。

本来なら女性に使うべきはずなのに、この言葉がとてもしっくりとくるのだから。

しばらくこの目で男性をとらえていると、急に目の前に顔が近づいた。

「きゃっぁ!」と一瞬声を上げる自分に驚いた。

「どうしたんだい?急に動かなくなってしまって。」

動かなくなった。

どうやら短い時間だが私はこの男性を視界に記憶するために全神経を集中させ身動きが取れなかったみたいだ。

いくら短い時間でも、そりゃ5秒だか10秒でも急に動かなくなればびっくりもするもんだよな。分かる分かる。私も待ちに待った料理が目の前に出された時にはしばらくの間動かなくなってしまった経験は何度もあるもん。

あれ?でも、今回は料理でもないのになんで?

「とにかく、もう消灯時間も過ぎて患者は寝る時間だよ。早く部屋に戻って下さいね。」

「はい、分かりました。あっ、でもあそこの部屋電気がついていますよ。私あの部屋に行ってみようかなと思っていて。」

私は例の明かりが点いている病室を指を指す。

「おや、本当だね。でも、どうして君が行くんだね?」

「いえ、私と同じで一人で不安になってあんまり眠れない人もいると思うんです。同じ不安を持つもの同士で話してみたいなんて。」

男は私の肩にそっと手を置きそのまま背後に歩み始めたこう言った。

「君は気にしすぎだよ。誰しも不安な夜なんて必ずあるものだよ。そんな時に知らない人間が歩み寄ったて相手も怖がるだけだよ。」

目も合わせず静かに喋り続ける。

「不安なんて時間が解決してくれるし、しばらくすればまた眠りにつくさ。」

不安。私のこの緊張もいずれは時間が解決してくれるの。悪夢もきっと一時の幻想で霧が晴れていくようにゆっくりと。

しばらく開いた口が塞がらず床をじっと見つめている。

「それに。」

足音が止まり一言私に重大な事を伝えるかのように、一呼吸息を吸いこう告げた。

「あそこは病室じゃなくて、ただのナースの休憩室だよ。」

力の抜けた声に彼の顔を見ることができなかった。







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