第12話

生命は死後20秒間まだ生きている。

昔、母の本棚からそんな内容が書かれた本を読んだことがある。

「死んだ後には続きがあるのか 臨死体験と意識の科学の最前線」

「死」という言葉には不思議と目が離せなくなるようだ。いずれ来るかもしれない生命の終わり。それは遠い未来なのかもしれないし、明日なのかもしれないし、予測することなんてできない。誰だって怖い、けど普段過ごしている中ではつい忘れてしまう。常に隣り合わせなのはずなのにその存在は遠く不確かで透明だ。たまに報道される不慮の事故で死んでしまったニュースや親族の葬式に立ち会った時にまるで自分事のように思ってしまう。だから無意識にでもその言葉には人を引き付ける強力な魔力が秘められている。

「そう言えば、田舎のお婆ちゃんが亡くなった時にはじめて死を間近で見ることが出来たんだっけ。」

この本の内容によると、どうやら死後20秒間は脳内の意識がまだ残っているらしい。人によっては4分だったり長い人で20分間も残っていることもあったとか。死んだあとは体重が21g減るのでこれがいわゆる魂の重さなのだとか。

最初は馬鹿な事だと思いその本を読みきることなく本棚にしまった。

お婆ちゃんが亡くなった時、何か言っていたようだけどよく聞き取れなかったんだよね。あのあと、声をかけていたらもしかしたら返事をしてくれる奇跡が起きたりしたのかな。

なんてね。

でも、それがもし本当であったのなら私は最後には今まで食べた一番美味しいと思えた料理をもう一度味わいそして振り返りながら死んでいきたい。だって、死んでもなお好きなことに浸っていられるなんてとても幸せじゃない。

どこまでも私の脳内では都合の良いように解釈。自分でも恥ずかしくなってしまう程にだ。

だけど無理もないじゃない。人は経験したことでしか良し悪しを決められないんだから。未経験の事に関しては夢を描くものなんだから。例えば、有名人になって注目を浴びるようになって財力や知名度が上がってチヤホヤされるような夢見たり、好きな異性と結ばれて子供を授かり幸せな家族生活を想像してみたり、考えただけで上手くいきそうな予感がするじゃない。無限の可能性が秘められているって思ってしまうじゃない。

でも、思い描いた夢も行き着くためには未知を経験しないといけない訳で、つまり現実には恋人もというか恋心すらもまだ持ったこともないし、有名になれるほどの特技がある訳じゃないんだけどね。

つまり、死なんて経験したらそこで終わりだしそこから何かが始まる訳が無いし未来も夢もないんだから。だから、未経験である事、未知であること、知らない方が幸せな事だってある。

終わりからは始まる訳がない。始まる訳がないんだから。


病室の中でテレビをじっと眺める。特に何か面白い番組がやっていた訳ではなく鑑賞している訳ではなく、電源をつけることなくただじっと眺めていただけだった。まるで魂がテレビに吸い込まれて動かなくなってしまっているかのようにただそこで人形のように沈黙していた。視線は真っ直ぐに目の前のテレビを眺めているだけ。

一瞬思い出したあの記憶は紛れもない私の記憶。私だけが知っている景色。

辺りは暗くてとても怖かった。そうちょうど目の前にあるテレビの画面のように真っ暗でだけど目を細めれば少しだけ見えたんだ。

「確か私はあの公園で頭をナイフで貫かれてそして殺されたはずだよね。」

でも生きている。刺された傷だって何処にもないし、胸の鼓動もちゃんと動いている。自分の胸に手を当てて確認する。そして思い出して恥ずかしくなる。

何が恥ずかしいって?

私の柔肌を、大きくはなくとも程よく谷間位は頑張れば作れそうな胸を、毎日運動をして保っているくびれを、知らない男に見られたなんて恥ずかしい。思春期に入って成長した私の体は家族にも見られたことないのに、もうお嫁にいけない。

私のはじめては名も知らない医者。

「いっそあの男に責任をとってもらうしか」と思ったが、向こうは医者という立場から何人もの患者を診察する時に色々な体を見ている筈なので今さらやましい感情なんて沸かないよね。でも、そう考えるとなんだか異性の体を抵抗することを奪われてしまってさらけ出すことを余儀なくしてしまうことに罪悪感はないのだろうか。全員が真面目ではないだろうし、もしエッチな医者だとしたら職権濫用ではないか。許せない。

でもあの医者は目をそらしてくれてたみたいだしきっと真面目なんだなと思う。ごめんなさい。

まるで男子中学生の妄想みたな論理を出している間にさっきまで体を覆っていた恐怖が恥ずかしさによって消えてしまっていた。上書きされていた。

あの記憶が本物だとしても今私は生きているそれでいいじゃないか。これが現実なんだ。

「色々と考え過ぎもよくないよね。」

辺りはもう真っ暗で夜だった。先生が言うには体になにも異常がなければ明日には学校に行ってもいいらしい。早く学校のみんなに会いたいな。バイト先にも迷惑かけちゃったし、戻ったら謝ろう。そういえば1日何もしないで座っているだけなんて久しぶりだな。いつもは休日でもバイトやレストランに足を運んだりして休みなんてほとんどなかったもんね。

そう思っている間に看護師さんが私の名前を呼びながら部屋に訪れた。その手には四角いトレーを両手で持ちなにやら食欲をそそられる香りが運び込まれた。

「おおー待っていました。」

白米、具のない味噌汁、焼き魚、キュウリの漬け物、たくあんが並べられている。小さい器が大きく見える程の小さく盛り付けられた料理を見て感激した。

「この色合いが統一されていないカラフルな食器に僅かばかりの小さな食材。しっかりと腹を満たせそうな炭水化物をメインに塩のみで味付けされた乾いた魚。」

出された料理に1品1品味わい、リポートが始まる。

「極めつけはこの冷めきった魚の味わい。魚がもつ油を全く味わえないくらいに焼いて、乾いたことで一層淡白な味わいに、一瞬で飲み干してしまえるぬるい味噌汁、どれを食べても味が薄い。これぞまさしく病院食。胃腸が弱っている可能性がある患者の体を気遣った非常に味気ない料理。贅沢な食事をあえて出させないことによって過剰な食事への欲求を抑え込んだ理想的な食事だ。はあ~。まだ私の知らない料理があったんだ。」

決して誉めている訳がないのになぜか憎めないそのグルメリポーターの満足そうな顔を見て看護婦さんは手を口で抑えて笑いをこらえている。

「病院食でこんなに喜んでくれる人も珍しいわね。」

でも、こんなに楽しそうに解説してくれるのに、ひとつも美味しそうなワードが出せないグルメリポーターさんは間違いなく仕事なんてもらえないだろう。

でも、相当失礼なこと言っているのに嫌な顔ひとつしないなんて、なんて優しいんだ。結婚してほしい。私、結構尽くすよ。

「それだけ元気があればもう大丈夫ね。」

「はい、これで明日から学校にも行けてバイトも始められそうです。」

「無理は禁物ですよ。しばらくはバイトもお休みするように。」

まるで母親のように注意をしてくれる看護婦さんはそのまま部屋を出て行ってまた一人になった。

さてと、質素とはいえ満足のいく食事も終えたことだしそろそろ寝ますか。

三日月が静かに輝く光に照らさてて静かに眠りについた。

あの日と同じように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る