第7話

 いつも目が覚めるのは決まって夜からだ。


おっと、誤解を生むようなので補足としてこう付け加えよう。

これは朝から睡眠をとって、夜に目が覚める昼夜逆転生活を送っているのではない。

日中は皆と同じように起き、普通に生活をしている。


僕の本性が覚醒するのは夜からだということだ。

夜だとどうなるというのだ?


夜になると月を見て変身するのか?

違う。


夜だけに発動する何か特別な能力があるのか?

違う。


朝より夜の方が体内時計にあっているのか?

違う。


では、、、、

違う。

どれも違う。


いや、変身というのはいささか間違いではないのかな?

本性が出ると言うことは普段は化けの皮を被っているわけだから、角度を変えてみるとこれも「変身」ということなのかな?

ここは半分正解ということで。

そんな事はどうでもいいんだよ。解釈は任せるよ。


単純に、とてもシンプルだ。

夜の方が都合がいいのだよ、僕にとってはね。


面白いことが起きるのはいつだって夜の方が多いとは思わないかね?

何か良からぬ事を実行するのであれば、昼間の照らされる時間よりも、暗闇に紛れた方が動きやすいのは考えてもすぐに分かる事だよね。

誰だって見られたくない事はあるものさ。



「今日は何やら熱いね。」


季節は秋だ。

今この地域は夜になると風が吹き始め肌寒さを覚えるというのにだ。

単に新陳代謝がいいだけなのか?


いや、違う。


お世辞にも僕の体格には恵まれておらず、線は細く、肌も男にしては色白で外見だけで言えば貧弱そうに見える。

何なら体を暖めるために肌を露出させないように、この季節にはまだ早いロングコートを身に纏っているくらいだ。

それならなぜか?


近くで見えない圧を感じ取り、心臓から供給される血がいつもより早くそして熱くなる。

この症状はこれから起きる楽しい余興が始まる合図だ。


暗い路地を歩いているとほらさっそく何やら若い女性が太った男性に襲われているではないか。

本来このような場合助けに行くのが正しい判断なのかもしれないが、僕はその場をただそっと眺めて転機を待つ。

まるで大事な我が子を見守るようにだ。

まあ、全然知らない子なんだけどね。

だって、こんなシチュエーションに遭遇するなんて滅多にあるもんじゃないからね。


男は女性を蹴り続ける。

サンドバッグのように無抵抗に一身に耐え続ける彼女の目にはまだ力があり鋭く男を睨み返す。そして、何かを必死に叫ぶ。この状況で明らかに不利なのは彼女のはずなのに。

なぜだろうか。

むしろ負けているのは男のようにも見える。

如何に事を有利に動かせて満たされないような感じだ。

その目には何かに怯えるように視線をはずす。


なるほど面白い。

力で勝っていても心では負けているとは正にこのことか。



話を聞く限り、誰かに助けを呼んでいるみたいではないようだ。

どうやら彼女は「説得」をしているようだった。

いや、「説教」という方が正しいのかもしれない。

まるで聞き分けのの悪い生徒に対して叱っている先生ような。

というか、明らかに年齢的にも逆の構図なはずだけどな。

いつから見上げる人と見下す人との力関係が変わったんだろうか。


しばらくして場の空気が変わった。

原因は紛れもなく男のしぐさにあった。

怒りの表情は薄れ逆に何かを悟ったかのように穏やかだった。彼女の必死の問いかけに男の琴線に触れついに自分の過ちに気付き力を失ったのだろうか。


「な~あんだ、これで終わりか。」

残念。

「血の高鳴りは今回はハズレだったのか。」

まあ、この症状は予知ではなく予感なのだから、ハズレる事だってある。もし予知できる能力なんてあるのであればどれだけ良かったことか。

これから起きることはきっと自分が望む結末とは違うのだろうと予想した。

エンディングを観ることなく立ち去ろうと決意した直後、男はポケットに手を入れ何かを取り出した。

ライトに照らされて反射するあの鈍く光る物体が彼女の体に向かう。閃光のように一瞬にして体に突き刺さり雷鳴の如く、今までで一番の大きな悲鳴が辺りに響き渡る。


興奮のあまりつい声を上げてしまう。覗き見していたことに気づかれてしまっただろうかと心配したが、そんな事は響き渡る声でかき消されてしまう。

命乞いをする声が聞こえる。動物的本能ともいえる生存本能が数秒の間に耳に響き残る。


助けて。死にたくない。嫌。。。。


言葉を何種類も使うもその中核となるものは「生」への執着だ。先程までは勇敢にも立ち向かう凛々しい姿も、今では涙を流し哀れにも立ち向かうべき相手に助けを懇願しているではないか。

なんとも、、、。


そして、男は最後の一撃を彼女の東部に突き刺した。

ドサリと、地面に重く鈍い音が静かに広がる。


命の重さ。

人という個体を繋ぎ止める為の装置。

これから先誰かと出会えるはずだった命。

明日友達に会えるのを楽しみにしていた命。

次の世代へと渡すための命。

命が体から繋がりを断ち切られ、維持することが出来なかった体が出す音はとても重い。


「感・動。」

僕は抑えきれなくなった感情が一気に吹き出した。

人の人生が終わりを告げる瞬間を目の当たりにするのは、まるで舞台のラストシーンをみているような感覚だ。

胸が、胸の奥にあるこの鼓動が高鳴り耳にまで伝わってくる。

もう抑えられない。

男は立ち去ろうとしていた。

舞台はここで幕引き。


いや、ここからは僕の出番だ。

舞台に突然乱入してくる僕を見て、男は青ざめる。


「お前見たのか?」

怯えながら僕に問いかける。

「うん、ずっと見ていたよ。まるでドラマをみているかのような感じでいいもの見せてもらったよ。」

「ずっと見ていたのか?」

「うん、ずっと。」

「ずっと?」

「ずっと,,,,,,」

男は混乱しているようだったので、僕は優しく声をかける。

まず興奮している相手に接するときは落ち着いて会話をして、リラックスモードに入ってもらわないとまともな会話ができないから。

でも、おかしいな。

男の態度は落ち着くどころかむしろ、更に息が上がっているようにも見える。

小刻みに手が震えている。

「どうするつもりだ?俺の事を警察に通報するのか?」

「通報?そんな事はしないさ。」

男の目から力が抜けていく。

「そう、そんな事はしない。こんな面白い事は誰にも教えない。これは僕と君だけの秘密さ。」

僕は男に向かって微笑みながら1歩1歩とゆっくりと距離を近づけていく。

「どうだった?」

突然の質問。

何を問いただしているのか分からないようだった。

内容を省略しすぎたのだろうか。いや、この場合考えられることは明確だったはずなのになぜ理解できないんだ。

しかたない誰が聞いても分かるようにもう一度聞いてみる。

「その子を殺してどうだった?」

数秒の間、男はまるで動かなかった。

口の中で言葉を蓄えているようだったが「あ」と息を次ぐだけだった。

「もしかして人を殺したのは初めてだった?」

何も返事がない。人の言葉を忘れてしまったかのように同じ声を出し続け、しばらくすると目が濡れはじめきた。

幾重にも感情が入り交じり制御ができなくなった時、思考が整理できなくなった時、壊れたロボットのように固まり出した。

1歩1歩と僕は更に距離を縮める。

「オレは,,,」

小さく声が聞こえる。

虫のような囁きだったが、僕の前方から聞こえる。

「オレは最初は殺すつもりなんてなかったんだ、脅してあいつが謝ってくれればそれでよかったんだ。それなのに気づいたらもう何故かナイフが突き刺さってて。」

2分間。人ではなくただのロボットとしてそこに立っていた短いようで長い時間。とても長かった。

必死になって出した解答だったが。

「はぁ?」

理解が出来なかった。

「何?そのよく聞くドラマのようなセリフは?」

期待はずれだった。

「もっと他にあるでしょ?例えば肌に突き刺す感触は結構力を入れなくてもすんなりと刺さるものなんだなとか?」

「命を奪うとはこんなにも後味が悪いとかさ?」

「逆に、何も感じなかったとかさ」

次々と言葉が溢れてくる。まるでこれがどのような経験なのかを知っているかのように、そしてこれが初めての質問ではないかのように。何度も何度も繰り返しこの解答が過去最低の評価だったような。そんな事を思わせるようなとても冷めた目。

人の死は突然やってくる。

それは寿命のように長い歳月を経て死ぬ事もあれば、不慮の事故で死ぬ事だって様々だ。それが運命と言うのであれば受け入れよう。

神様は理不尽だと言うのであればそれも受け入れよう。

だが、人を殺すのであれば話は別だ。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る