第3話
「おはよー美味。」
私が教室に入ると直ぐに声がこちらに届いた。
「おはよー優香里。」
手を左右に振りながらクラスメイトに返事をする。
席に着席するなり彼女が目をキラキラさせながらこちらに近づいてきた。
「ねーねー美味、ブログ見たよ。なんだか昨日行ったお店は高評価みたいじゃん。」
「そうなんだよ。すっごく美味しくて私感動しちゃって。」
「私も見たよ。美味のブログ。久しぶりの好評価じゃない?」
昨日私が投稿した話になると何人かクラスメイトが集まり美味を囲んだ。
「美味がおすすめしてくれるお店ならハズレないもんね。」
「そーそー、この前教えてくれたクレープ屋さんもすっごく美味しかったもんね。美味があのお店を好評価でアップしたら突然人気店になったんだもんね。」
「お陰で今は整理券がないと食べられなくなっちゃたからちょっと残念。」
皆が私の記事を読んでくれている。
素直に嬉しい。
口の端が上がったままなかなか下がらない。
そしてまた一人クラスメイトが私に近づき質問をする。
「美味がここまで料理に興味を持ったのってやっぱりお父さんの影響?」
私の父親。
「えっ、美味のお父さんって料理人なの?」
「違うよ。グルメライターなんだ。」
「へぇー、そうなんだ。はじめて知った。」
父親は元々大手グルメ雑誌の編集者をしていて数々の日本料理人のリサーチをしていたんだけど、今はフリーのライターとして世界中を飛び回って世界各国の料理の魅力を発信している。
動画サービスを通して独自のチャンネルを作り活動し、収益を得ている。
最近若い子たちに人気らしい。
「「世界の旨い物をみたいか!?」チャンネルだっけ?」
「えっ!それ私も知っている。あの動画の人って美味の父親だったんだねー。」
「あれ面白いし、美味しそうな料理ってついつい観ちゃうんだよね。」
一時期はテレビでもグルメリポーターとして活動していた時期もあったらく、その経験が生きたのかカメラ越しでも堂々とした風貌で茶目っ気な性格で親しみやすく、視聴者を夢中にさせるスピーチ力は観るものを引き込んだ。
みんなに父親が全世界に知られている。
いや、全世界はいい過ぎだ。
少なくともこの町内で父親の顔と素性が認識されているのは少し恥ずかしいが、そんな父親に憧れていた。
自分の好きなものに正直で、皆に認められそれが仕事に出来ている。
私もいつか世界中の料理を味わいに行きたいと思っている。
「でも、最近の動画はちょっと違うよねー。」
「えっ、どうして?面白くないの?」
クラスメイトが首を少し傾げながら聞いた。
「いや、何て言うか路線がずれたと言うのかな?」
「1ヶ月前までは世界のジャガイモ料理特集で良かったのに、今月から虫料理特集って企画が始まって観るの怖いんだよねー。」
「美味には悪いんだけど、早く普通の企画に戻ってくれないかなと思っているんだよね。」
花も恥じらう麗しき女子高生にはさすがに嫌悪感が強すぎたらしい。
この世界の何処かにいる父親よ。
ここに少なくとも視聴者が離れていく光景が私の目の前で起きている。
大切な視聴者だ。
好きなこともいいがリスナーの声もちゃんと聞いてくれ。
そして私はこれからこの学園ではあいつの父親は虫を旨そうに食っている娘だと広まるのだろう。
「あははは...」
私は苦笑いしか出来なかった。
場の空気が重くなったのを気づいたクラスメイトが話を切り出した。
「あーそういえば、駅前に人気のクレープ屋があるらしいじゃん。」
「放課後さ行かない?」
「ごめんね、今日バイトなんだ。」
「またぁ?今週ずっとじゃん。」
「美味働き過ぎじゃない?」
確かに最近バイトを入れすぎていつおかげで疲れが残っているが、先日行ったレストランの金額は、高校生にしては背伸びをし過ぎたようで私の財布は深いダメージを負ってしまったのだ。
「働かざる者、食うべからずってね。食べることが生き甲斐な私にとってはいっぱい働いて食費を稼がないといけないのですよ。」
「なにそれー。」
苦し紛れのセリフだった。
「しかし美味ってさー、飲食店でバイトもして賄いももらって休日には外食でいっぱい食べているのに全然太らないよねー。」
「確かに全然太ってないよねー。羨ましいー。」
私の贅沢な食生活を連想しているクラスメイト達には分からないだろう。
「毎朝ジョギングとか筋トレしているおかげかな...?」
違う。
正確には運動も要素に含まれていると思うが、実際は毎朝母親が用意してくれる「超時短栄養効率抜群料理」のおかげである。
通称「猫のエサ」
毎朝の朝食があまりにも低カロリーな為、晩御飯などに高カロリーな食事をしてやっと1日に必要なカロリーを摂取出来る訳だ。
「へぇー毎朝運動しているんだね。凄いなー。」
言えない。
このスリムボディの秘訣が卵2個に煮干しだけの質素な食事のお陰なんて絶対に言えない。
みんな私の華やかなイメージを持っているのに、この落差はとても恥ずかしい。
虫を食べる父親の娘っていうだけでも恥ずかしいのに、更に追い討ちをかけたくない。
これ以上ストイックな家族だなんて思われたくない。
私は顔を窓側に向け、皆の視線から目を反らした。
そして次の質問がやってきた。
「これだけ色んなお店に行っているとさ、美味しいお店の共通点とかあるの?」
話題が切り替わった、ナイスタイミング。
私は彼女に目線を合わせて答えた。
「まずは何より太っているシェフは駄目ね。」
「えーなんでー?」
「太っているとね、味覚が鈍くなるらしいんだよね。味覚音痴な料理人が美味しい料理なんて作れるはずが無いってこと。」
そもそも人間の舌には過剰な塩分等を受け入れないように反応する機能があるが、太る事により麻痺するらしい。
だから、ジャンクフードのハンバーガーなどを毎日食べている人は、体も大きくなり、味覚がおかしくなっているのでいくらでも食べられる訳だ。
「へぇーそうなんだ。今度から気を付けて見てみよ。」
感心していると何かに気付いたようだった。
「もしかして美味が毎朝運動している理由にも関係してたりするの?」
「そうなんだよ。やっぱり色んな料理の味を堪能するには太っていたら出来ないからね。だから、毎朝の運動は必須なんだよ。」
誇らしく、胸を張って打ち明けた私は自信に満ち溢れていた。
そんな私を見て。
「美味ってさー。料理の事になるとストイックだよねー。」
「ハッ!」と大きく口を開き私は思った。
やはり隠そうとしても血筋は争えないのだと。
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