第2話

 神崎美魅の朝は早かった。


 午前6時に起床。寝具から出たらすぐにトレーニングウェアに着替える。

 お気に入りのピンクのウェアを羽織り外へ出る。

 まだ朝日が上りきっていない外の空気は肌寒くてとても清々しい。


 そして、体を入念にほぐしたらすぐスタート。

 呼吸が乱れない程度にテンポ良く走る。

 1歩1歩といつもの川辺まで約7km。

 その道中、近所に住んでいる顔馴染みの白髪混じりの男性と顔を合わせる。

「よう、美味ちゃんおはよう!」

「おはようございます。笹木部さん。」

 ただ一言。ただ一言笑顔で交わしたらすぐに川辺まで向かう。

 美味はただ走り続ける。


 冷たい息を出すと白く濁り彼女の真横に流れ去る。


 30分後、目的地の川辺に到着する頃には朝日が昇りきり、肌寒さを感じていた体もすっかり暖まっていた。

 ほんのりと汗が出て張り付いたウェアを脱ぎ、腰に巻き付ける。

 そして、体をまっすぐ姿勢を保ちながら膝を曲げお尻を地面にめがけて下ろす。

「1回。2回。3回...」

 これを50回スクワット。

 続いて、手を地面に着き、背筋を伸ばしながらゆっくりと肘を曲げて胸を地面に押し当てる。

「いーち。にー。さーん...」

 これを30回。

 これを終えたら、来た道をまた真っ直ぐ戻り家に帰ってシャワーを浴びる。


 これが神崎美魅のモーニングルーティーンである。

 これを中学生の時から4年間ほとんど毎日行っている習慣である。

 めちゃくちゃ意識高い系女子だって?

 いやいや、確かに朝から運動をしてメンタルや健康に気を使っている、いわゆるエリートがやっていそうな習慣だけれども私の場合は違う。

 私の目的は食のため。美食の為に行っているに過ぎないのだ。

 なぜかって?

 それは後に分かることでしょう。


 シャワーを済ませたら、制服に着替えてリビングへと向かう。

「おはよう、お母さん。」

「おはよう美味」

「朝御飯早く食べて、学校に行きなさい。」

「はーい。」

 爽やかな朝。爽やかな母の笑顔。

 そしてテーブルに添えられた真っ白な茹で玉子が2個と煮干しが2本。

「・・・」

「・・・」

「・・・えっ!これだけ?」

 美味の顔色も真っ白になっていた。


「お母さん。私もう少しちゃんとした食事が食べたいな。」

 17歳の切なく静かな願いだった。

「そう?タンパク質も豊富だし良質な油だし理想的な食事じゃない。」

 母は不思議そうな顔で返事をした。


「いやいや、私はもっと色があって食事が楽しめるような朝食にしたいの。例えばサンドイッチとか。目玉焼きとサラダとベーコンのせるとか」

「サンドイッチってパンじゃないのよ。あんなものカロリーの割に栄養がほとんどないし朝には適さないわよ。」

「この前話したでしょう?色が増えると食事がとても美味しそうに見えるんだって。赤、緑、白。この3色が入ると全体の印象が映えるんだよ。いい例がカプレーゼ。」

 私は母に分かりやすく説明をした。

「だから、色増やしてみたでしょう?」

 この食材のどこにそんな要素があるんだ?白と黒じゃないか?


 興奮した頭を落ち着けながら、もう一度テーブルを見てみる。

 緑のランチョンマット。赤い菜箸。白い卵。

 確かに3色は満たしているけど...「手抜きっか!」


 何なんだよこの頓知は。色なら無機物でもいいなんて言っていないぞ。


「じゃあ、なんで今日は煮干しなの?」

 私は更なる疑問を母に問いだす。

「あんたこの前言っていたじゃない?もう少し旨味がほいいって。」

「で、煮干し?」

「そうよ、煮干しは日本人が不足しがちなビタミンDなども100%豊富に含まれているし、魚の風味があっていいでしょう?」

「あたしは猫か!」

 つい声が出てしまった。


 母は医者をしていて、栄養管理にはとても口うるさい。その上折り紙着きの面倒くさがり屋なのだ。

 常に効率と手間をどれだけ減らせるかを意識しているため調理をする事がほとんどない。


 とても女子高生の朝食とは思えないほどのストイックな朝食である。


 そんな母との討論を繰り出す内に学校に行く時間になってしまったので急いで食べ始めた。

 卵は黄身が程よいとろみと塩味が濃い。この組み合わせはきっとコンビニにある半熟茹で玉子2個セットだろう。そして、煮干しは確かに風味はあるが単品で食べるには少し苦味が強すぎる。魚の苦味がが口のなかで残り不快なので急いで歯を磨く。


 食事に費やした時間は1分20秒。超時間効率のいい食事であった。

 私の求める朝食とはかけ離れているが。


 そして、今日も清々しい朝と共に学校へ向かうのだった。








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