未知の味
コード
第1話
真っ白なテーブルの上にそっと料理が飾られる。
「こちら自家製サーモンのマリネ 深海の宝石仕立て ガーデンキャビュア添えでございます。」
紳士が私に向かってゆっくりメニュー名を説明しながらそっと料理を提供する。
まずはサーモン。
綺麗に盛り付けられた料理にナイフとフォークを使いそっと小さな口に運ぶ。
噛み締めて。噛み締めて。
何度も何度も咀嚼を繰り返し、食材を堪能する。
丁寧に火が通ったサーモンは身が崩れることがなく、程よい弾力を残しながら口の中で踊り続ける。
絶妙な塩加減が魚の持っている味を邪魔することなく、絶妙な量のオリーブオイルが魚の風味を閉じ込め更に食感を底上げしてくれている。
口の中から体内器官を通し脳に幸せホルモンが贈られる。
私は幸せに満ちていた。
「美味しいわこのサーモン。」
「ありがとうございます。」
紳士は知的な笑みを見せながら軽く会釈をした。
「サーモンは45度以上の熱で加熱しないと菌が死滅しないから低温で調理するのがセオリーだけど47度を越えると一気に食感が悪くなるから火加減が難しいのよね。」
「お詳しいんですね。」
「いえいえ、私料理が大好きで色々調べてしまうんですよ。」
彼女は目線を少し反らし頬が赤くなっていた。
「でも、このサーモンは全然食感が損なわれていなくてむしろ生で食べているような感覚でした。」
「備え付けのキャビアなどの愛称もよくてとても美味しいわ。」
「ここまで料理を誉めていただけて感無量です。」
紳士も軽く会釈を再度繰り出し微笑んだ。
「さすがわ今年度のフレンチ国際コンクールで優勝した山口シェフね。とても素晴らしいわ。」
私は美味しいものを食べているこの時間が大好きだ。
食は私達人類には生きるためにかかせない大切な欲求だ。
たんなる栄養接種であれば別に手を加えなくても食す事はできる。
だが、料理はそんな味気ない行為に喜びと感動を与えてくれる人類が産み出した最高の知恵だ。
そんな知恵を振り絞り料理を提供してくれるシェフに私は尊敬している。
「最高の料理と時間をありがとうございました。」
私は会計を済ませたあと、紳士にお礼を言った。
「こちらこそありがとうございました神崎様。またのご来店お待ちしております。」
彼女が帰ったあと、もう一人の紳士が声をかけてきた。
「あれが例の女子高生か?結構可愛いじゃん。」
彼女を見た紳士が更にこんな話をしてきた。
「3年前からどのグルメサイトの口コミで必ず出てくる名前。ニックネーム{ミリー}」
「一部では正直者のミリーなんて言われているらしいがな。」
「その正直すぎる口コミから味が悪ければ評価は最悪で数日で客足が遠退き潰れてしまったお店も数知れず。だが、満足のいく味がでればその嘘偽りのない感動的な文章で読者が興味を引き、無名のお店が一気に繁盛点になったと言う伝説もあるらしい。」
「まあ、あの様子だと高評価間違いないだろうな。」
彼女を自慢げに説明した紳士は安堵の表情を浮かべながら自分の仕事に戻った。
店を出て2時間後自宅に戻った私、神崎美味{かんざきみみ}は部屋に戻り今日の感動を思い返していた。
「いやー今回の料理は最高だったわ。」
「早速口コミ投稿しなくちゃね。この感動をみんなにも知らせてあげなくちゃね。」
パソコンの電源を入れ早速口コミ投稿をはじめていた。
心から思ったことを正直に書き評価は5段階評価の5を出した。
書き終えた私は次なる美食を求めてグルメサイトを開く。
「次はどこにしようかなー?」
ひと度開くと無数に紹介されるレストランの情報にワクワクする。
上品な味わいを楽しめるフレンチや、国の特徴が現れるエスニック料理や、日本の自然豊かな食材を味わえる和食。少し抵抗を感じるジビエなど。
どれも大好きだ。
もっと知りたい。もっと味わいたい。
でもそんな食への好奇心にも限界を感じていた。
古今東西あらゆる料理を食しある程度味わい尽くしたらもうこれ以上知らない味は無いんじゃないかと、死ぬまでそう思っていた。
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