第2話 独り

窓からは 今日も曇り空が見える。

もう長いこと外には出ていない。

食料やら生活物資はほしいときに持ってきてもらえるし、

家族がいなくなる前に、僕が死ぬまでになんとか使い切れるくらいのものを残してくれていたらしく、僕は働くことを考えなくても良かった。

ま、もともとベッドからはなんとか起き上がれるものの家の中を歩き回るのがせいぜいなくらいの健康しか持ち合わせていなかったので、働かなくても済むようにしてくれたことには感謝しかないのだけれど。


部屋ではラジオを掛けっぱなしにしている。

夜中寝るときも掛けっぱなしにして、深夜放送を聞きながら眠ったりしている。

誰かの声がしないとさみしいし怖い。

音量を小さくしているためか、幸い隣人からの苦情が来ることもなく済んでいる。


・・・隣の人って、いるのかな?

そういえば、壁を隔てた向こう、人の気配があるような無いような不思議な感覚。

「うちに来られても、お迎えにも出られないし、めんどくさいし」

などとブツブツ言いながら、「もしいなかったらどうしよう」という怖さから目を知らそうとしていた。


もし隣人がいたとして、おんなじことを考えているのだろうか。


いるよ、ここにいるよ。

そんな想いを込めてちょっと壁をたたいてみたり、大きめの足音も立ててみるけど

やっぱり誰も何も言いに来ない。

「防音がいいんだね」と声に出して言ってみたりもする。

だけど、隣室に話しかけに行くのはもちろんのこと、家の外がどうなっているのかを確かめに行くことすら出来ないでいるポンコツの僕。

部屋を出られないのは、体のせいというよりは心のせいのような気がしてきた。


暗い雲の色と湿った空気のにおい。

それだけはこの街の住人に差別なく与えられているもんだと

最後まで近くにいてくれた婆ちゃんが言っていた。


窓から外を覗いてみると、

張り付くような湿気と戯れながら歩く人たちが見える。

ほら、他の人もいるじゃないか。

この街に僕はひとりぼっちじゃない。


ある日、僕の部屋の鍵がとつぜんガチャガチャと鳴り、扉が開けられた。

今日はまだ宅配の日じゃないのに。

来客の予定もないぞ。

スーツを着た男が最初のに僕の家になんの断りもなく入り、

後ろにいた2人の人に「どうぞ、お入りください」と言っている。

ちょっとまって、ここは僕の部屋で、おまえの部屋じゃないぞ?

そう言おうと思いそいつの肩をつかもうとしたのに


つかめない。


病気が進みすぎて握力がなくなったのかな?

いや、さっきお気に入りのコップは持てたじゃないか。

おかしい、おかしい。

スーツのそいつは僕には全く気付かないように歩いてくる。

おかしい、おかしい。

ここは僕の家だぞ。

・・・声が出ない。

パクパクと開く口、なんでか知らないけど声を発することができなくなってる。

他人と話を長くしてないとはいえ、毎日ラジオも聞いていたじゃないか。


スーツの男は勝手に、一通りグルリと部屋の中を一緒に来ていた人たちに見せ、

「どうでしょう?」と聞いている。

「噂では・・・」と二人連れの背の高いほうが答えていた。

「噂は噂ですよ」遮るようにスーツの男が言った。

やっぱり僕が見えないようだ。


しばらくスーツの男は二人と問答をして、それから二人を連れて出て行った。

出際に何かを振っていたような気がする。


扉が閉まって30分もしない間に

苦しくなってきて、頭もぼうっとしてきた。

あまりにも苦しく、窓に向かって手を伸ばすと窓の外が輝いている。

毎日どんよりとした雲しか見えないはずの空。

まばゆく輝いている。


出る気になったかい?

話しかけてきたのは婆ちゃんだった。

ああ、僕はそうだったのか。

初めて気が付いた。


居ないのは僕のほうだったんだ。


「明るいところにいこう?もうこの湿り気の中にいることはないんだよ」

婆ちゃんが手を伸ばしてくれた。

明るいところなんて初めてだよ。

婆ちゃんにそう答えた気がする。


「ああ、ようやく出て行ったか」

スーツの男が何日後かに僕の家に来て、そう言っていたと

宅配の人だと思ってた人が教えてくれた。


ここは一人じゃない、独りじゃない。

いや、向こうでも独りじゃなかったんだ、みんなが見てくれていたんだ。


ありがとう。感謝しかない。

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湿度の街 ーお天気の街・2ー あおいひなた @aoihinata165

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