第18話

「できました。そちらにチューナーがあるので、あれでしたらお使いください。」


 少女は一礼して、その場を去っていった。


「はやく弾いてよ、ミオ」

「そんなにすぐに弾けるものじゃないから。ちょっと待ちな。」

「ねぇーまだー?」


 チューナーに合わせて、ギターのツマミを触るミオを煽る賢人。

 ギターに取り付けたチューナーを外すと、ギターの5本の弦を一気に振り下ろすように手で弾き、ストロークさせる。


 店の中には、誰でも弦を弾けば出せるようなごく普通のエレクトリックな音色が、小さめに響き渡る。

 ミオがチューニングしている間、ずっと急かし続けていた賢人にガンを飛ばしているせいか、数分前のミオの表情とは打って違う。


「え?それだけ?ギター初心者みたい。」

「んなわけないじゃん!!」


 椅子に座りながらギターを持つミオは、ギターが体にフィットするように一度、ギターを持ち直すような仕草をする。

 鋭い眼差しで、立っている賢人を上目遣いで睨む。大きく息を吸い込むと、睨んでいた目線を手元にギターへと移し、不気味に口角を少し上げだす。


 まるで、悪魔のほほえみと言わんばかりに。


 いわゆるソロパートで引くような、ギター1本だけで観客をくぎ付けにするような、そんな自信にあふれた音色が、店のフロア全体に、控えめな大きさの音で行き渡る。

 誰もが目を引きそうな彼女のギターの腕前は、賢人にとってはいつものこと。聞きなれているがして、驚くようなことは一つもない。


 物陰から、少し顔を出す少女。

 このフロアには、ミオのギターを聞きなれていない人が一人いた。


 店員の少女だ。


 もちろんミオはギターに、のめり込んでいるせいで、気づくわけないが、賢人は少女の不審な動きに気づく。楽器店では日常にある試し弾きなのに、物珍しそうに視線をミオの方へ送り続けている。


 ミオが自身の愉悦に浸っているのをよそに、賢人は物陰から顔を出す少女の方へ歩み寄る。賢人が少女の近くまで行っても、ミオのギターに聞き入ってるので、賢人は仕方なく声をかけた。


「あの、何か用ですか?」

「いっ、いえ。な…何もないですっ。」


 その場から逃げ出す少女。

 同時に、店内のフロアからギターの音色が鳴りやむ。

 少女と入れ違いで、ミオが賢人の方へ歩きながら話し出す。


「二人で何してたの?」

「いや、べつに?」

「あっそう。でもやっぱ都会の店で弾くギターはノレるね!」

「よかったじゃん。」


 ミオは、少女が逃げたほうを覗き込む。


「あの子、どこ行ったの?」

「あっち行ったよ。」


 ミオが覗き込んでいる方を指さす賢人。


「それは分かってるって。私が弾いたギターとか、そのままじゃ申し訳ないから探し行ってくるね。」

「分かった。じゃあ上でブラブラしとくわ。」


 賢人は階段の方へ向かい、2階へ向かう。


 2階に行った賢人は、少女を見つけるがめんどくさいので、3階へ上がる。


 賢人より少し後に2階に行ったミオは、棚の整理をしている少女を見つける。


「あっすみません。ギターありがとうございました。片づけとかどうします?」


 少女は振り向き視線を下げたまま、目を合わせることなく返事をした。


「そのままで大丈夫です。」

「わかりました。今日はありがとうございます。」


 もう後は店を出るだけのミオだが、賢人の姿をすでに見失っている状態なので、とりあえず店に出て、スマホで賢人を呼び出す。

 

 スマホで呼び出された賢人は、3階から1階へと階段を使って降りていくが、そこでバッタリ少女と出会ってしまう。


 さすがに、無言で通り過ぎるわけにも行けないと思った賢人は、少女の声をかける。


「ギターとか楽器すきなんですか?」

「あっっはい。まぁここ、私の両親の店で…。楽器の中でもギターが一番好きですね。」


 やっぱりそうか、というような表情をする賢人。

 彼にしては珍しく、自分の事を話し出す。


「自分は、ベースが一番好きですね。ギターも弾けるけど、"あれ"にはかなわんよね」


 苦笑いする賢人と、興味津々の目の前の少女。少女は一歩近づいて、キラキラとした眼差しで賢人に聞いた。


「バンドとかされ……」

「下でさっきのギタリストが待っているんで、失礼しますね。ありがとうございました。」


 少女の話を遮るように賢人は、その場で深々とわざとらしく一礼して、階段を駆け下りていく。店の出入り口には、スマホを眺めるミオの立ち姿。


「何してたの?私が電話してから時間かかってるけど」

「いうほどじゃない?」

「まあいいけど」


 賢人もスマホを取りだし、二人はゆく当てもなく、とりあえず歩き出す。二人ともスマホを見ながら、夕方になろうかという都会の道路で、放浪する。


「新居決まらないんじゃ、明日も休まないといけないな。」


 休む理由をあたかも正当化して、賢人は嬉しそうに、ミオに話しかける。


「私一人でもできるけど、帰らないの?」

「だってめんどくさいじゃん。なんなら卒業式まで休んだって構わないし。公立組は、今頃せっせと受験勉強してるんだろうけど。」

「そっか……」


 ミオにしてはそっけない返事をしたが、ミオなりの気づかいなのだろう。学校生活ボッチ者に対しての。


 行く当てもなく、都会の夕暮れの中をさまよう二人。

 終始絶えることのない会話ではないが、二人の無言の時間を、車道を走る車の音が、間を埋める程度には会話は弾んでいるようだ。


 ふとミオは、車道側に走り出し、体だけを車道へ乗り出し左手を上げる。

 いきなりの出来事に、賢人はその突拍子のない行動に見守るしかない。

 車道に向かって手を振るミオは、何かを確信したように、後ろにいる賢人の方へ振り向く。


「飽きたからホテルに戻るよ」


 二人の目の前にタクシーが止まり、一人でに開くタクシーのドアを最後まで待たずに、真っ先にミオはタクシーに乗り込む。


「あったかーーー、賢人早くーーー」


 タクシーの後部座席から、賢人のいる歩道に向かって手招きをする。

 やれやれといった表情で、賢人もタクシーに乗り込む。

 タクシーの運転手はバックミラーで彼らを見ながら、行き先を聞き、タクシーをホテルまで走らせていく。


 ホテルまでの道中。疲れた彼女はタクシーの中ですぐに寝てしまい、窓によりかかっている。賢人も、慣れない土地のせいか疲れを見せる表情で、スマホでアニメを見ている。

 

 ミオが寝ていることをいいことに、イヤホンを付けずにアニメに入り浸っている彼がいる車内には、時折アニメキャラのかわいらしい声が響き渡る。

 それでも起きる気配がないミオと、動じることもないタクシーの運転手。


 ちょうど、賢人がアニメを一話見終えたころに、タクシーは停車して運転士が振り向き二人に声をかける。


「つきましたよ。」


 賢人は、ミオの肩を揺らし起こそうとする。

 寝起きの彼女は半目で財布を取り出す。


「いくらですか?」


「4560円になります。」


 財布の中から5000円札を取り出し、運転手に手渡す。


「賢人、降りて。」


 眠気のせいで気だるそうに賢人に早く降りるように指示する。

 賢人に続いて、タクシーを降りたミオに、運転手は助手席の窓を開けて大声で声を上げる。


「お客さん、おつり!!」


 ミオは、めんどくさそうな表情をして、眠そうな目をこすりながら、タクシーへ近づき、助手席の窓に頭を少し入れて、返事をする。


「よく寝れたから、それはお礼。それで、コーヒーでも買って。」


 ホテルに戻ると、二人ともベッドへ倒れ込む。


「おやすみ。」


 ミオは中断されていた睡眠の続きを始める。

 賢人は、アニメの次の話を見始めたが、数分もしないうちに寝落ちしてしまう。



 ベッドに倒れ込んだ二人を目覚めさせたのは、空腹であった。


 先に起きたミオは、冷蔵庫から水を取り出して、一口飲む。

 その音で賢人は目覚めてしまう。


「俺にも水」


 ミオは自分が飲んでいた、ペットボトルの水を賢人に手渡す。

 賢人も、のどの渇きを潤すとベッドから起きて、部屋を出ようとする。

 ミオも部屋の鏡を見て、乱れた髪の毛を手ぐしですぐに直すと、部屋の中を小走りで賢人の後を追う。


 二人で長い階段を下りエントランスまで降りる。

 賢人はそのまま、ホテルの外へ出ようとするが、ミオはその場に立ち止まる。


「ねぇ賢人、こっちって何と思う?」


 地下へと続く、先が真っ暗の階段を指さして、興味津々の様子で賢人に尋ねる。


「え?行ってみたいの?」

「行ってみたいけど……。」


 何があるのかは知っているが、その暗闇の先を知らない賢人も興味があるようで、ミオに探検をするか否を尋ね返す。


 暗闇に包まれた階段を覗き込むミオ。賢人はスマホのフラッシュライトで、暗闇を照らす。

 

 地下への階段を、カラーコーンで立ち入り禁止にされている以上、先を進んではいけないことくらい二人も理解しているが、先にそれを打ち破ったのは賢人であった。


 賢人はカラーコーンを跨ぎ階段を下っていく。


「ちょっと待ってよ!」


 懐中電灯代わりにしているスマホを片手に、階段を下っていく賢人。周囲を確認して誰にも見られていないことを確認してついていくミオ。


 暗闇の中を二人は進んでいく。


 階段を降り切ると、両開きの分厚つそうな扉が目の前に立ちはばかる。


「やっぱ戻る!」


 賢人の後ろでミオは、階段を登ろうとする。


「ここまで来たんだから、この向こう、気になるじゃん」


 賢人は、戻ろうとするミオの手を引き、もう片方の手で扉を押す。

 扉に鍵などはなく、見た目通り重い扉ではあったが、ゆっくりと扉の向こうへと進んでいく二人。


「何も見えなっ!」


 先陣切って入った賢人は、あまりの暗闇に思わず声を上げた。


 地下で窓一つすらもないその場所は、光が入る隙は一つもなく、スマホのフラッシュライトでは、目の前しか照らすことができず、全体を照らすには貧弱すぎる。


 それでも賢人は、前へと進んでいく。

 ミオもスマホを取り出し、フラッシュライトをつけて賢人の後を付いていく。


 目の前しか照らされていない暗闇の中を進む二人だが、急に止まりだす賢人。

 周りを見ながら進んでいたミオは、賢人にぶつかる。


「急に止まらないでよ!」

「いや……」


 ミオは賢人が見ている先にスマホを向け、フラッシュライトで照らす。

 さらに明るくなったその先には、ステージらしきものがあり、その壇上には、ドラムセットが置かれている。


「ドラムじゃん!!」


 バンドマンの血が騒いだミオは、一目散にステージに上がり、目を輝かしながらドラムに光を当てる。


 賢人は一人でステージの袖に行き、スマホを振りながら周囲を照らし、何やら探している。


 ミオはドラムの周りを歩きながら目を輝かして、ボロホテルにあるきちんとしたドラムに興味津々だ。


「ミオ?」


 ステージの裾で賢人はミオを呼ぶ。


 その瞬間、ステージはスマホのライトとは比べ物にならない数のライトで照らされる。













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