第17話
「え?帰らないよ。」
「でも、明日月曜で学校あるんでしょ?私はもう無職だからいいけど。」
「学校?受験が済んだ俺は、1日や2日休んだって何も変わらないよ。うちの母親にも、適当に口実作っておくように言っているし。」
「いつから、そんなヤンキーになったの?賢人くん?」
賢人の目を見て少しニヤリとするミオ。
「ヤンキーは母親に、休むから口実作ってなんて、お願いしないでしょ。」
「マザコンヤンキーもいるかもよ」
「俺はミオから見ると、マザコンヤンキーなの?」
「ヤンキーの、"ヤ"の字もないでしょ。」
二人の会話の盛り上がりが、ひと段落したところで、見慣れた店構えの牛丼屋が視界に入る。
「やっとついたー。どこも同じ看板と色じゃん。」
「まぁ、チェーン店だからね。」
賢人とミオは店内に入ると、テーブル席の方へ迷わず向かう。
お昼時を過ぎた時間帯。店にお客さんは少なく、まばらである。
テーブル席には、壁側にはソファーの椅子があり、ソファーの椅子のテーブルを挟んだ向かい側の椅子は、普通の椅子が置いてある。
二人そろって、壁側のソファーの椅子に仲良く座る。
「賢人、あっちいってくれない?」
「え?いやなんだけど。」
唐突に、お互いに右手を振り上げる。
「「じゃんけん、ポン!!」」
勝負に勝ったのはミオであり、賢人は潔くソファーの椅子を立ち、向かい側の椅子へとしぶしぶ移動する。
貧そな椅子に座り、先ほどの椅子とは桁違いの座り心地にに、少し悔しいような感想を語る賢人。
「こっちの椅子固いんよ。これならカウンターの椅子の方がマシ。」
「じゃあカウンタ―行けば?」
女王様のような偉そうな態度で、ソファーの椅子に腰かけ、カウンターの方を指をさす。
貧そな椅子に座った彼は、無言で中指を立て、メニューを手に取って開く。
彼の目の前の女王様は、勝ち誇ったような笑みを浮かべ、メニューを手に取って開く。
「私、豚丼の並ね」
「分かった。俺もそれにするか。」
右手を上げて店員を呼び、目の前に立った店員に注文をする賢人。
「豚丼の並、二つ」
しばらくもしないうちに、店員が両手に豚丼が乗ったお盆を持ってくる。
「豚丼の並み二つ、おまたせしました。」
お互いの目の前に、豚丼の並が二つテーブルに並べられる。
「「いただきます。」」
こう見えて、こういう場でも"いただきます"は、きちんと言う二人である。
二人は一瞬にして並盛の豚丼を食べ終わり、席を立つ。
「いつでもどこでも、この味は変わらんね。」
賢人が支払いをしている隣で話しかけるミオ。
「まあチェーン店だし。」
店を出た彼らは、来た道を一旦引き返し、午後のメインイベントである、二人の新居探しのため、電車で数駅行ったところの、不動産屋に向かう。
訪れた不動産屋の事務所の中には、スーツを着た若い男性が、自分のデスクのノートパソコンで、仕事をしていた。
「すみません、アパートを借りたいんですけど。」
最初に不動産屋に入ったミオが、不動産屋の若い男性に声をかける。
「どうも、こんにちは。どちらのアパートをお探しに?」
不動産屋の若い男性は立ち上がり、二人に挨拶をする。
ミオは、いつもの営業スマイルと、少し高めの声のトーンで会話をしていく。
「秋葉原周辺がいいのですが。」
「秋葉原周辺ですか……ちなみに間取りとかはどうされますか?」
不動産屋の人が、少し困ったような顔をする。
「2LDK以上は欲しいですね。」
ミオの返答を聞きさらに困った顔をする不動産屋の人。
「あの…大変言いにくいのですが、そのご希望だと家賃は20万くらいを見ないといけないのですが…」
不動産屋を訪れたのは、若い二人組。しかも、ミュージシャンのような服装と格好。今までの不動産屋の経験から、まずお金の心配をするのも無理はない。
無言でミオの後ろに立つ賢人は、"クスッ"っと鼻で笑う。
「あっ、お金のことはご心配なく。」
「左様ですか。それは失礼しました。では、何件か資料を出しますので、そちらの
ソファーで、少しお待ちいただけますか。」
「分かりました。」
ミオは右手で、ショートヘアの髪を耳にかけると、賢人と二人で二人掛けのソファーに並んで座る。
二人並んで座り、ミオが賢人に、周りに聞こえない声の大きさで、ひそひそ話を始める。
「後ろで鼻で笑っていたでしょ」
「だって、あの人完全に見た目だけで、追い返そうとしていたからさ。」
「賢人のせいで、私も吹き出しそうになったわ。」
ひそひそ話に気が済むと、無言でソファーで待ち続けるが、5分くらいしても、不動産屋の男性は、ノートパソコンと睨めっこしているので、手持無沙汰に飽きた二人は、スマホで時間を潰しだす。
プリンターの印刷する音が、事務所の中に響き渡る。プリントが終わると、不動産屋の男性は、プリントアウトされた紙を取り、ミオに渡す。
「大変お待たせしました。5件ほど見繕ってきましたので、ご覧ください。」
一人分しか、資料が印刷されてなかったので、まずミオが目を通す。
資料には内装の写真や間取り、立地している地図など様々な情報が書いてある。隅々まで目を通すと、資料を持ったまま荒々しく立ち上がる。
そして、不動産屋の若い男性の元へ歩き出す。事務所の中には、床に打ち付けられる彼女のヒールの音が響き渡る。
彼の元へ行くと、先ほどプリントアウトされた資料を胸に突きつける。
「お前、ふざけてんの?」
「ど…どうかっされましたでしょか…」
ミオのド低いガチギレトーンにビビる若い男性。
「なんで全部木造のボロ屋で、トイレが共同とかなの?ナメすぎじゃない?私、お金の心配はいらないって言ったよね?なら、相場の平均位の物件足すのが普通じゃないの?違う?」
「いや、若い人だと思いましたので…」
「しょーもな。賢人、帰るよ」
ミオは最後に舌打ちをして、不動産屋を後にする。ミオに続いて不動産屋を出る賢人は、去り際に棒読みの言葉を投げる。
「ありがとうございましたー」
不動産屋を出た二人は、とりあえずホテルに戻るため駅に向かい歩き出す。
東京の街並みを歩きながら、ミオは賢人に愚痴を吐く。
「何なのアイツ」
「まあ、世の中ああいう人もいるから。おせっかいというかなんというか」
「はぁーしょうもな。」
ミオは盛大にため息を吐く。
ミオは、先ほどの苛立ちを発散したいような口調で賢人に尋ねる
「賢人、これからどっか行かない?」
少し悩んだ賢人は、とりあえず無難な答えを出す。
「楽器店とか行ってみる?」
「東京の楽器店とか大きそうだね。いいじゃん。」
ミオの苛立ちが少し薄れ、歩く足取りも軽くなる。
賢人は自分のスマホで、周辺の一番大きい楽器店を調べだす。
「ミオ?ここから、二駅だって。」
「おっ近いじゃん。すぐ行こっ。」
電車に乗り駅を出ると、楽器店を探しながら歩き出す。
数分歩くと、細めのビルが目に入る。
「多分ここだね。」
賢人はビルを指さして、ミオはその指の方向にあるビルの屋上を見つめつぶやいた。
「もしかして、これ上から下まで楽器置いているのかな?」
賢人はうわの空で返事をする。
「多分そうじゃない?」
「ヤバっ。」
ミオの驚きの言葉で、賢人は自分に向かって指をさしだす。
「呼んだ?矢場賢人ですが?」
「
ミオは恐る恐る都会の楽器店であるビルへ、足を入れる。
賢人は何の気なしにその後ろをついていく。
楽器店のビルに入ると目の前にはギターの数々。
フロア全体をギターとその関連商品にしている店内は、田舎の楽器店の店の一角をギターコーナーにしているのとは、規模が違う。
足早と店内を歩き回るミオに対して、賢人はゆっくりと店内を進んみ、ミオの後ろをついていく。
先をグングン進み、両脇に陳列されているギターを間を、かき分けていく彼女は、ふと立ち止まる。
「このギター、めちゃかっこいい!ねぇ見て見て。」
店内には、ミオの大きい声が響き渡る。立ち止まってもなお、幾多にも並んであるギターの中から、緑色で深みのある光沢をしているギターを指さして、もう一方の手で早く来てほしそうに、賢人へ手招きをする。
賢人は歩くスピードを変えずに、ミオの方へ向かう。
「店内なんだから、もうちょっと静かにしなよ」
「そんなことより、このギター見てよ。」
賢人の忠告にあまり聞く耳を持たず、少しボリュームを落とした大きめの声で話し続ける。
彼らと同じ売り場に、黒髪を三つ編みにした"おさげ"を、肩の前で揺らしながら、歩いてくる賢人と同じ年頃の少女。
雰囲気は、オタク賢人に近く、銀縁の大き目な眼鏡に、レンズの向こう側には、"そばかす"が映っている。
二人に近づいてきた少女は、彼らに声をかける。
「あの…お困りでしょうか。」
店の名前が印字されているエプロンをしていたため、ミオと賢人はその少女が店員だとすぐにわかる。
中でもミオは、はしゃぎすぎていたことを自覚し、急に静かになり、先ほどのはしゃいでいたテンションはどこへ行ったのか、大人の振る舞いをする。
「いえ、何でもないです。」
近くにいた賢人は、無言でミオから少し距離を取る。
店のエプロンをした少女は、重そうな口を開きミオに話しかける。
「もし、よければ、そのギター弾いてみますか?」
注意されると思っていたミオは、思いがけない少女の提案に乗る気全開だ。
「弾いてみます。ぜひ弾かせてください。」
一歩踏み込んで少女に近づき、先ほどの大きい声で返答をするミオに、一歩後ずさりをしてしまう少女。
賢人はミオの肩を引き、ミオを制止させる。
「ほら、ビビってんじゃん。落ち着きなって」
苦笑いする少女は、彼らを試し弾きができる場所まで案内する。
「こちらで少しお待ちください。」
ミオだけが椅子に座り、賢人は立ったまま少女の言う通り、その場で待つ。
少女は、ミオが先ほど指さしていた、深みのある緑色のギターを手にして戻ってくる。
「準備するので少し待ってください。」
手慣れたようにケーブル類をつなげていく、おさげの少女。雰囲気はオタク賢人に似ていて、普段無口っぽい印象である。現に、ギターのセットアップをしている最中、彼女は終始何もしゃべらなかった。
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