第16話

「後ろで教科書と制服の採寸をしてください」


 賢人が後ろを振り返ると、先ほどパイプ椅子に座っていた人たちが、採寸と教科書を渡すスペースに向けて、列を形成していっている。


「わかりました」


 内心めんどくさいと思っている彼は、整列し終わった列の最後尾へと並ぶ。

 列の先頭を見ると、一人ずつ制服の採寸をしてから、高校で使用する教科書や教材を受け取っている。


 三十分くらい経ちようやく、賢人の制服の採寸が始まる。すでに周りには、彼と同じ入学予定者は誰一人いない。最後尾だから当たり前だ。


 採寸をする制服メーカーのおじさんから、メジャーを体に当てられ、すべての採寸が終わると、教科書を受け取る。


 紙袋二袋分いっぱいに詰められた教科書は、一人で二袋持つには少し重すぎる。

 それもそのはず、この説明会、基本的には保護者同伴。ほとんどの生徒が保護者と一緒に出席して、帰るときは親子で一袋づつ、教科書が入った紙袋を持って帰っているのであった。


 こういう重いものが無理やり入っている時の紙袋、大抵の場合、長時間持っていると、底が抜けてしまうか、持ち手がちぎれるのは目に見えている。


 無理やりバランスを取りながら、教科書が入った紙袋を二段重ねにして、下から抱えるように持つ。


「大丈夫?」


 教科書を販売しに来ている、目の前に立っている業者の人が少し心配するが、お構いなしと言うように、少し頷きこの場を立ち去る。


 ビルのような校舎から出た賢人は、重い荷物を持ちながら駅に向かい歩き出す。幸いなことに、冬空の晴天。雨に濡れて紙袋がびしょぬれになることもなく、気温が低いおかけで汗だくになることもなく、駅にたどり着く。


 重い荷物をホテルまで持ちかえる重労働の中、電車の椅子に、運良く座ることができた賢人は、数駅間の、つかの間の休憩をとる。

 

 何度か電車を乗り換えてようやく、ホテルの最寄り駅にたどり着き、ホテルまでの少しの道のりを、残り少ない体力を振り絞って一歩一歩歩いていく。

 ホテルの自動ドアを抜け、中にはいると、ようやく重労働から、解放される。


「あぁー疲れた。」

 

 エントランスで、教科書が目いっぱい入った袋を一旦床に置く。


 残念なことに、エレベーターは故障中のままである。


 これを一人で自分たちの部屋まで階段を駆け上るのは、ここまでの道中一人でこれをホテルまで運びぬいた彼には、少しばかり堪えるものがある。


 賢人はスマホを取り出して、部屋にいるミオに電話をかける。


「おはようミオ。ちょっと一階まで来てくれない?」

「いいよー」

 

 電話を切り、ミオが一階にたどり着くまでの間、エントランスを探索するようにグルグルと歩き回った。

 

 すると、昨日は気づかなかった地下へと続く階段があったが、カラーコーンで封鎖され明かりもなく、先は真っ暗で不気味である。謎に包まれた地下へと続く階段に、好奇心に駆られる賢人だが、封鎖されている以上、階段を下りこれ以上進むことはできない。


 ――こんなボロホテルに地下なんてあるのか。


 ちょっとばかり、地下への階段に対する謎を確かめるため、スマホのフラッシュライトを点灯させる。

 

 エントランスの受付のカウンターに、うるさそうな頑固おじいさんの姿がないことを確認すると、真っ暗な地下への入り口を、フラッシュライトで照らす。


 突きあたりの踊り場まで、明かりが照らされると、薄暗い中に古そうなフォントの文字が照らされる。


 賢人は、目を凝らしてその文字を読み取る。


 "劇場ホール"


 文字に合わせて、進行方向に矢印も添えてある。


「昔は栄えていたんかなぁ」

 

 このホテルにも栄華のあった時代もあったのかと、惜しむように小言をつぶやいた賢人。

 

 それとは裏腹に、ドタドタと階段を駆け下る音。


「おまたせ、一階まで呼び出して何の用?」

「これ、部屋まで運ぶ、手伝って」

 

 紙袋を指さす賢人にをよそに、エントランスで屈むように座り、紙袋の中身を物色するミオ。


「なにこれ、教科書?懐かしー。」


 ミオは一冊、高校の教科書を手に取り、ぱらぱらとめくる。


「こんなのもやったっけ。懐かしいなぁ。まぁ、覚えてないけど」


 手に取った教科書を紙袋に戻し、もう一つの紙袋から再び教科書を手に取って、中身を、ぱらぱらとめくりながら見ていく。


 教科書を手に取ったまま屈んだ状態で、賢人を見上げる。


「賢人にこれ、必要ある?私の家で私の高校の時の教科書、全部見てたんだから、余裕でしょ。」


 賢人は、ミオが持っている教科書を取って、紙袋に戻す。


「高校までの勉強は去年で全部、ミオの家で全部してしまったから、これくらいのこと訳ないよ。そもそも学生の本分は勉強だし。まぁ、授業に出ないと卒業できない以上、いくら勉強できても学校には、嫌でも行かないといけないし、お飾りでもそのクソ重い紙袋の中身は、必要だよ。」

「去年まで学校にすら行ってなくて、私の部屋に居座り続けた口がよく言うよ。」

 

 ミオはその場で、ゆっくりと腰を上げるように、立ち上がる。


「居座ることを条件に、ベースを無理やり俺に練習させて、ミオのせいで空いたベースのポジションを、埋めさせた口がよく言うよ。」

 

 賢人は話しながら、紙袋を持つためにかがむと、それに追従するように、ミオも紙袋を持つ。


 教科書の入った重い紙袋を、二人は長い長い階段を一段づつ、慎重に上がりながら、自分の部屋まで運んでいく。


「疲れたーーーー賢人、水」

 

 息を切らしながらベッドの上に倒れこんだのは、ミオであった。


 賢人は冷蔵庫から、ミネラルウォーターを取り出し、うつ伏せになっているミオの頬に、冷たくなったペットボトルを当てる。


「冷たっ」


 少し驚いた反応をした、仰向けになっているミオに、ミネラルウォーターを渡す。

 ベッドの上で、そのまま体だけを起こし、渡されたミネラルウォーターのキャップを開け口元へもっていく。。


 喉が潤うと、キャップを閉め無言で、賢人に渡す。


 飲みかけのミネラルウォーターは、賢人の手によって自動的に冷蔵庫の中へ戻される。


「午後どうするの?」


 冷蔵庫の扉を閉めながら、ミオに聞く。


「一応、不動産屋を回るつもりなんだけど、何も調べてない……てへっ」


 右手をグーにしてお団子を作り頭に乗せ、彼女の見た目と性格とは裏腹に、かわいさで許しを請おうとする。


 そんなかわいさも虚しく無視され、賢人は一人、スマホを取り出しインターネットで検索して、周辺のアパートを調べだす。


 この賢人から無視されている状況を脱出するため、普段することない頭にグーを乗せかわいさ前回のまま静止するが、一向に相手にされない。

 モデルのように、可愛いポーズをいろいろ試すが、状況は一転しない。


「ミオなにしてるの?そろそろ恥ずかしくない?」

「うるさい!」


 勢いよく、布団の中に潜り込むミオ。賢人は、彼女が寝ているベッドに腰を掛ける。


 頭まで布団を被った彼女の頭を出すように、布団をめくる。


「なによ」


 布団の中から睨みを利かせるミオだが、賢人は強引に自分のスマホの画面をミオに近づけて見せる。


「こことかどう?」


 スマホの距離が近すぎて見えなかったのか、ミオは賢人のスマホを取り、布団の中から起き上がる。


 スマホには、不動産情報のwebサイトが表示され、内装の写真を一枚一枚じっくりと見ていく。内装の写真を見終わったら、間取りをおまけ程度に確認する。


「よさそうじゃん。この辺なの?」

「近いよ。」


 彼の返事を聞くと、ミオは賢人のスマホで、不動産屋にさっそく電話する。この行動力には賢人も感心するが、人のスマホを自分のように使うミオに言葉も出ない。


 不動産屋の人と、声のトーンをいつもより数音高く、電話をし終えたミオは、再び賢人のスマホを操作し始める。

 ミオがこれ以上、自分のスマホを使う理由が分からなかった賢人は、その理由を確かめる。


「ミオ、何しているの?」

「年頃の中学生の検索履歴でも見ようかなって」

「ミオが期待してそうなものはないと思うよ」


 スマホを取り上げ、自分のポケットにしまい、自分のベッドに腰を下ろすオタク中学生。


「もう昼過ぎたし、外で昼飯食べてから、不動産屋に行こうか。何食べたい?」

 

 ベッドに座ったままミオに問いかける。


 スマホを取り出した彼女は、地図アプリで飲食店を検索するが、東京という、これといった名物がないにも関わらず、店の数がありふれている土地に、自分が食べたいものに少し悩んでしまう。


「んーーー選ぶのめんどくさいから、普通の牛丼屋でいいかな。ここにする。」


 ミオは、自分のスマホに表示された、牛丼屋の地図の画面を賢人に見せる。


「いやこれ、向こうでも食えるし」

「堅苦しくなくていいじゃん。気軽っていうかさ。」

「ミオが行きたいならいいけど。」


 すぐさま賢人は立ち上がり、部屋を出ようとするが、ミオが大声でそれ止める。


「あんたその格好で行くの!?」


 そう、賢人は高校の入学説明会で言った格好のまま。制服はもちろんのこと、前髪は目を覆い、いかにもオタクっぽい眼鏡をかけたままだ。


「だめかな?」


 賢人は、笑いながら許しを請う。


「ダメに決まってるじゃん」

「分かったよ。少し待ってて。」


 キャリーケースから、自分の私服、きちんとした私服を取り出し、髪型をセット

 するのと、着替えるために、ユニットバスへ籠る。


 数分後、出てきた賢人は、今からミオの隣を歩く姿に相応しい、ロック調の服装と、オールバックの髪型。


「いつもその格好でいればいいのに。」


 ユニットバスから出てきた賢人をみて、ミオは小言でつぶやく。


 小言と言っても、狭いホテルの一室。聞こえないはずがなく、その小言に答える。


「正直こっちは落ち着かないというか、一人の時は、あっちのほうが過ごしやすいというか。」

「そっか……」


 二人は部屋を出て、エレベーターではなく、故障している昇降機に代わって、階段を二人して下っていく。先ほどの重い教科書の入った紙袋を抱えて登ってきた時とは違い、何も持ってない状態での、しかも下り。二人とも足並みが軽い。


 ホテルを出て街並みを歩き、牛丼屋に向かう。

 

 ここにきて二日目、多少街並みを覚えた賢人は、先ほどミオが一瞬見せたスマホ地図を記憶し、それを頼りにミオと牛丼屋に向かっていく。

 

 日曜日の昼過ぎ、スーツを着たサラリーマンは少なく、家族連れやカップルの方が圧倒的に多い、都会の人混みの中、牛丼屋までの短い道のりで、会話を弾ませる賢人とミオ。









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