第15話

 彼の言葉を過大に飲み込んでしまい、商店街のガラポンのくじ引きで大当たりしたかのような振り方で、全力で振る。

 

 店内には本来、「リンリンリン」となるはずのベルが、「ガランガラン」という音が、ミオの手元から発せられる。

 

 カフェあるまじき音に、周囲には一瞬沈黙が流れるが、すぐに、メイドカフェの日常へと戻る。

 普段聞きなれない豪快な音に、素早く反応して彼らにかけつけるメイド。


「どうかなさいましたか。お嬢様!」

 

 普通なら、"お呼びでしょうか"、"お伺いいたします"が、メイドである彼女らのセリフであるのに、いかんせん暴挙に出たミオのせいで、セオリーが覆されたことに、思わず吹き出してしまう賢人。

 

 賢人が笑ってしまってせいで、すべてを察したミオは、赤面してうつむく。

 

 ミオに呼ばれたメイドは気を遣い、賢人の方を見る。


「ご主人様、何にいたしましょう。」

「"ゆるふわキュンキュンぱふえ"と彼女には"ナポ~~~リたん♡"をお願いします。」

 

 堂々と注文を言えるほどに通いなれている賢人のオーダーに対して、メイドは手に持っているオーダー表に注文を書き留める。

 

 最後に、うつむいているミオと同じ目線の高さになるように、腰を降ろすメイド。


「お嬢様は、ナポ~~~リたん♡でよろしいでしょうか?」

 

 静かに、うつむいたまま頷くミオ。


「では、愛情たっぷり注いでお料理するので、少し待っててね。ご主人様、お嬢様。」


 最後に、手にハートマークを作って去っていく、メイド。


 この後も料理におまじないをしたり、ちょっとしたゲームをするなど、イベントは様々あったが、終始ミオは場の空気になれず、恥ずかしがっていたのは言うまでもない。


 二人は、メイドカフェを後にして、夜の街並みを散策する。

 二人横並びで歩いている中、賢人は答えが分かっている質問をミオにする。


「初めてのメイドカフェはどうだった?」

「二度と行かない。最悪だった。」

「ははははは。」


 二人の間に無言の時間が流れる。


 賢人は、無言の時間を遮って、落ち込んでいるようにも見えるミオに声をかける。


「スカイツリーに行って、俺らが住まう、東京の夜景でも見ようか」

「え?見たい!見てみたい!」

 

 少し元気を取り戻したミオと、気まずい雰囲気から解放された賢人は、地下鉄に乗り、東京スカイツリー近くの駅で降りる。

 ビルの合間から見え隠れするたびに、二人の視線は、真新しい白い巨塔へと向かう。

 

 それに近づくにつれ、二人の顔の角度は空の方へと増していく。


 スカイツリー下の館内に入り、展望台へのチケットを二人分買い、係員に案内されるがままエレベーターに乗り込み、いよいよ空中に漂う展望台へと向かっていく。

 二人は普段感じることのない、重力に逆らって高速で登っていくエレベーターの凄まじい加速度を体感し、真上にある頂きに期待を寄せる。


 エレベーターが止まると、目の前の扉が開く。


 感情な鉄の囲いから出た瞬間は、薄暗い空を映す窓でしかない。一歩ずつ進むごとに二人の眼下には、眠らずの街の光が揺らいでいるのが見え始めていく。

 

 無数にある点の中から一つに集中してみると、それは、ビルの窓だったり、車のライトだったり、電車だったり。


 夜景という全体像のみならず、人々の様々な暮らしをも捉えることができる。


 ミオは、賢人の肩を叩き、ガラス越しに見える赤いシルエットを指さす。


「ねぇねぇ、あれって東京タワーじゃない?」

「そうだよ。」

「私が小さい頃のタワーと言えば、東京タワーだったのに、ここから見るあれは、こんなに小さいのね。ちょっと残念。」

「でも、他のビルに比べても明らかに鮮やかだし、今まで展望台としての東京タワーが、こうやって夜景の一部として進化を遂げていることは、その頃の東京タワーの存在があってこそでしょ。」

 

 ミオは、夜景との境界線に近づくように数歩歩き、窓ガラス手前の柵のような手すり肘を置く。


「それもそうね。」

 

 感傷に浸っているミオに、賢人は話しかけることさえできなかった。


 


 ホテルに戻り、お互い寝る支度をしてベッドに入る。


「賢人、目覚ましかけた?説明会遅刻したりしてね。」

「かけてるし、だれかと違って時間守れるから。」


 寝る態勢に入ったミオは、ふかふかの羽毛布団を、さらに首に向かって上げ、賢人の方を見る。


「おやすみ」

「おやすみ」

 

 同じベッドで寝てるわけではないにしろ、二つのベッドは、お世辞にも離れてるとは言えない距離。お互いの息遣いが聞こえる薄暗い中、変に意識したり、遠慮することなく、二人は眠りへと落ちていく。



 

 次の日の朝、古びたホテルの一室に、スマホのアラームが鳴り響く…いや、鳴りはしたが、響いてはいない。


 ベッドの上には、中学の制服を着て座って説明会に持っていく、黒いリュックの中の荷物を、確認をする賢人の姿があった。


 アラームが鳴った瞬間、それより前に起きていた彼に、瞬時に解除されたのであった。もはやこうなったアラームは、起きるためのものではなく、ただの保険のようなものである。


 リュックの中身を確認し終わると、その中から眼鏡を取り、リュックを部屋に置いたまま、自分の財布だけをもって、ホテルから出る。


 20分くらいすると、ファストフード店の紙袋を、手に携えてホテルに戻ってきた賢人。

 その紙袋を、寝ているミオのベッドの隣にある、小さな机に置くと、自分の分だけのマフィンを取り出し、自分のベッドの上で朝食をとる。


 買ったばかりのマフィンを食べながら、制服のポケットからイヤホンを取り出して、耳につける。

 スマホを横向きにして、日々何かしらの、毎週更新されていくアニメを見る。

 

 七時に起床して、アニメ鑑賞に入り浸ること、二時間。時刻は午前九時。

 

 隣のミオは、いまだ寝ている。


 賢人は、ベッドのそばにある机とは別の、椅子とセットの机に座り、メモ用紙を一枚、備え付けの白紙の冊子から一枚ちぎり、ペンを執る。


 “”"おはよう。朝食買っておいたから食べて。”””


 一筆書いたメモを、枕元に置いてある彼女のスマホの隣に置く。


 リュックを背負い、ミオが起きないように静かにホテルから出る。

 中学の制服を身にまとい、誰もが彼のことを陰キャだと思う格好で、来年度の新天地である高校へ向かう。


 久しぶりの東京。久しぶりの都会特有の人混み。地元にある系列校で受験することが可能だった試験のおかげで、東京へ一度も足を運ぶことなく、合格通知を受け取った彼は、何もかもが手探りの中、スマホ片手に地図を見ながら、電車を乗り継ぎ、高校へ向かう。


 周囲のビル群に紛れるかのように、他のビルと遜色なく、学校と知らなければ、ただのビルのようにそびえ立つ、校舎の前に賢人は立つ。

 

 ビルの玄関の上側には、"私立高宮学園"と書かれている。


 脇には、"高宮学園入学説明会"と書かれた看板が立てかけられている。

 

 自動扉を抜け、校内に入ると目の前には受付があり、教師らしき人が立っていた。


「すみません。系列校受験で合格した、矢場賢人ですが」

「こんにちは、えーっと」


 息で声を出しているような、か細い賢人の声を聴き、目下の名簿から、目の前にいる彼の名前を探す、受付の教師。


 "矢場賢人"の名前を見つけると、名簿を見るために下に向けた顔を、賢人の方を向ける。


「矢場賢人さんですね。今日、保護者の方はご一緒ですか?」

「いえ、自分ひとりです。」


 賢人は前髪と眼鏡に隠れた目線を下に下げたまま受け答えをする。


「では、今日持参された書類の提出をお願いします。」


 背中に背負ったリュックを一旦、肩から外し、体の正面からリュックをかけなおし、お腹側に来たリュックのファスナーを開け、中身を漁る。

 クリアファイルに入っている書類を見つけ、それを取り出すと、無言で教師に渡す。

 

 一枚づつ書類を確認しては、名簿蘭の書類の抜けや忘れがないかチェックするところに、印をつけていく。


 すべての確認が終わると、後ろに置いてある机の上から、入学説明会の資料を取り、賢人に渡す。


「これが今日の資料になります。右手にエレベーターがありますので、最上階の体育館ホールへ行ってください。」

「はい……」


 いつものように、うつ向きながら歩きだし、エレベーターのほうへ向かう。エレベーターのボタンを押し、エレベーターを待つ間、賢人はふと思う。

 

 ――屋上に体育館か。田舎の学校じゃありえなかったな。


 エレベーターが着くと、中に乗りこみ、最上階の体育館へのボタンを押し、エレベーターと共に、上へと向かっていく。


 上昇する感触が無くなると、エレベーターは停止し、扉が開きだす。


 賢人の目の前には、体育館…ではなく、下足箱や体育で使うボールなどが置いてあり、ここはいわば準備室のような一室である。

 この一室の向こうに、体育館の本体があるが、そこを隔てる扉は開きっぱなしになっている。


 エレベーターから一歩出た賢人からは、すでにパイプ椅子が並べられたコートが見え、一番奥にはステージが見える。


 開きっぱなしの扉を抜けると、すぐに案内役の教師が近づいてきた。


「前列から詰めて、適当に座ってください。」


 すでに、席の半分くらいは、多種多様の他の生徒たちで埋まっている。その中の半分くらいは、同じ学校同士で雑談を、小さな声でしているのが見て取れる。


 賢人は、前列から詰めるという指示を守りつつ、人が少なそうなところに座る。

 さすがに、この場でスマホを出すのは気が引けたのか、入学説明会の資料に目を通し時間をつぶしていく。


 しばらくすると、教師がステージに上がっていく。


 雑談などで、ざわついていた空気が一気に静かになる。


「みなさん、おはようございます。そして、この私立高宮学園への入学おめでとうございます。さっそく、説明を始めていきます。」


 学校方針や、授業カリキュラム、文化祭やその他行事の説明。

 一時間にわたり、説明がなされていく。

 

 こんなの全部最初にもらった資料に全部書いてあるやん、と言わんばかりに、前髪と眼鏡に隠れて目を閉じて、睡眠を始める賢人。


 周りでパイプ椅子が床に当たる音が響きだし、壇上の教師以外の喋り声が聞こえ始める。


 説明会が終わったと察した賢人は立ち上がり、体育館から去ろうとするが、開きっぱなしの扉の近くで、先ほどの案内役の教師が再び近づいてくる。






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