第14話

「ここが、予約しているホテルだけど行き方わかる?」

 

 背伸びをし終わったミオはスマホを取り出し、賢人に予約したホテルのウェブページを見せる。


「いや、地図見せてよ。」

 

 ツッコミながら、賢人もスマホを取り出し、地図アプリにホテルの名前を打ち込み、スマホの地図上にルートを表示させる。


「こっちらしいよ」


 スマホを片手に案内をしながら歩きだす賢人。

 ミオのずさんなホテルの予約の仕方に一喝入れる。


「この駅の近場のホテルを予約してほしいって言ったのは俺だけど、地図一度も見てないの?」


 賢人についていくミオは、誇らしげに返す。


「この駅の名前打って一番安いホテルにしたから、見るわけないじゃん。」


 彼女を引き連れる彼は立ち止まり、振り向きながら、視線をスマホからミオに移す。


「もしかして、値段しか見てないの?」

「見てないよ!」


 満面の笑みでミオは、その問いに答えた。


 賢人は無言で、前を見て再び歩き出す。


 ――ヤバそうなホテルじゃありませんように。




 歩くこと15分。

 

「ついたよ…」

 

 賢人はホテルの外装を見てこれ以上の言葉が出ない。


 二人の目の前には、ウェブページの写真とは別物の、廃墟のようなホテルであった。

 予約した本人もその光景に絶句している状況である。


 彼らの目の前にそびえ建つ建物は、白い塗装がされているが、経年劣化や雨風にさらされ、黒ずみまくっている。入り口は、整理さえされているが、殺風景で、とてもではないが、接客をする門構えではない。廃墟より少しマシなレベルだ。


 二人は恐る恐るその建物へ入っていく。


 自動ドアを通り抜けると、エントランスが視界いっぱいに広がる。

 

 カウンターには誰もいない。

 カウンターの後ろには、お客さんの視線を遮る"のれん"があり、その奥からテレビの音がかすかに聞こえてくる。


 ミオは、夜の病院のような雰囲気の中恐る恐る、カウンターの奥にいるであろう人物に、声を振り絞り呼びかける。


「すみません。予約したものですが…」

 

 テレビ番組の中の笑い声だけが、彼女の呼びかけに答えるが、肝心の人間がいない。

 再びカウンターの後ろに向かって声をかけると、不機嫌そうな表情をした年配の、頑固そうなおじさんが出てくる。


「予約?聞いとらんけど。適当にこれに名前と住所書いて、これ持っていきな。

 

 不機嫌な顔のまま、カウンターの引き出しから、紙一枚と

 

 ルームキーを取り出し、机の上に放る。


「ありがとうございます。」

 

 軽くお辞儀をしながら、ペンを手に取り紙に自身の住所と名前を書いていくが、すでに、おじさんはのれんの向こうにいた。

 

 完全にこの場から去ってしまう前に賢人が引き留める。


「これ書き終わったらどうすれば?」

 

 のれんの向こうにいってしまったおじいさんは、怒鳴るように大声を上げ返事をした。


「その辺置いとけや。」

 

 ずさんな対応にため息がこぼれる賢人。

 

 名前と住所を書き終えたミオは、カウンターに紙を置いたまま立ち去ろうとするが、賢人はその紙を手に取り、カウンターの中の向こう側を覗き込むようにして、ホテルの人が使う机のようなスペースへと、紙を裏返しにしてそっと置く。


 前のめりになった体勢をもどし、静かにミオに伝える。


「さすがに、個人情報こんなところに置きっぱなしにするのは、マズいでしょ。お客さん誰もいなさそうだけど。」

「たしかに…」

 

 店側の態度を盛大に皮肉る彼は、ミオが手にしていたルームキーをもらうと、ホテルの番号を確認して、カウンター横のホテルの案内図を見る。


「5階っぽいね。」


 部屋の場所が分かった賢人は、ミオを引き連れてエレベーターへ向かう。

 しかし、エレベーターの手前にはカラーコーンが立ちはばかり、張り紙には「故障中」の文字。


 二人は、張り紙に返す言葉もなく、近くの非常階段を使い、重いキャリーケースを持ちながら、5階までの階段を息を切らしながら、ひたすらに登っていく。

 

 途中、2階を過ぎたあたりから、ミオが根を上げたので、賢人はキャリーケース二つをもって、一気に5階まで上がり切ったのだった。


 廊下は、普通のホテルよりも、ずっと薄暗く、部屋に入ると2世代くらいのホテルの内装であった。


「すごく古いけど、昔って感じがして悪くないわね」

 

 ベッドに飛び込んで雰囲気に浸るミオ。


「俺シャワー浴びるわ。」


 キャリーケースから服を取り出して、室内のユニットバスへ向かう賢人。


「今シャワー浴びるの?」


 ベッドの上で寝そべったまま、話しかける。


「悪い?」

「ぜんぜん…」


 ホテルの一室に、シャワーの音が響き渡る。


 おそらく、このホテルの音と言えば、1階のおじさんのテレビの音と、シャワーから出る、水の打ち付ける音だけであろう。


 数分後、服を着替え髪の毛まで乾かした賢人が、ユニットバスから出る。


「おかえり~~。」

 

 その声はベッドの上から聞こえ、うつ伏せになり、足を交互に曲げながらスマホを弄るミオ。


「行ってくるわ」


 ミオが、スマホから賢人の方に目をやる。


「オタクモードかよ。どうせ行くのはあそこなんでしょ。」

 

 シャワーを浴びる前とは別人で、髪型は学校に行く時と同じ、目が前髪で隠れるスタイルに眼鏡。

 服装はエロゲーキャラが印刷されたTシャツに、色の抜けきったジーンズ。


「では、いざ参る」

「イッテラーー」


 オタク賢人に呆れて、棒読みのように見送りの言葉をかける、ミオであった。


 日が暮れて、晩御飯の時間が終わろうとする頃、ミオはスマホを見ながらベッドの上で寝落ちしていた。

 そんな安眠を妨げるように"ヤツ"が、ホテルに帰ってくる。

 

 賢人は豪快に扉を開け部屋に入る。


「たっだいまーーーーー」

「んっー賢人ぉ?」

 

 妙にハイテンションなオタク賢人の襲来に、ミオは半目を開けて、ベッドの上で体を起こす。

 

 両手に紙袋を何個も抱えて、現地調達したリュックを背負い、パンパンになったその中から、入り切らなかったポスターが飛び出している。


「アキバたのしーーー!!今までネットでしか買えなかった物が、手に取って選べて、この目で直接見て、すぐに手に入る。インターネットダイブした気分」

 

 半開きの目で、ベッドの上で座った状態のまま紙袋を見つめるミオ。

 

 紙袋と言ってもただの紙袋ではない。もちろん、エロゲーやラノベなどのキャラクターイラスト入りの紙袋だ。

 

 ミオは、紙袋を見つめていた視線を賢人の目に合わせる。


「てかさ、何しに東京に来てるか分かってる?」

 

 首をかしげながら、とぼけたふりをするが、真面目に答える。


「新居探しと、入学説明会のためでしょ」

 

 ミオは賢人の持っている華々しい荷物に、指をさす。


「で?この荷物どうするの?私、これ持ってる人と一緒に歩きたくないんだけど。例えオタクモードじゃなくてもね。」

「そんなこともあろうかと、用意してるだなぁ。これが」

 

 部屋をいったん出て、廊下にかけかけてあった段ボールを部屋に持ち込む。


「じゃじゃん!!組み立てらくちん。宅急便の箱~~~!」

「分かった分かった。自己完結してくれるならそれでいいよ」


 オタク賢人のハイテンションに、とてもついていけないミオは再び、ベッドを背にして仰向けになってスマホを弄ろうとする。

 賢人は部屋の中にもう一つあるベッドの上に荷物をすべて置き、ベッドに腰掛ける。


「ミオ、ご飯食べた?」

「君がアキバにうつつを抜かしている間、ずっとこの部屋にいたから、そこのミルクティー以外何も口にしていないよ」

「じゃあ食べ行こ!」


 賢人はミオの手を引き、部屋の外に連れ出そうとするが、その手は振り払われてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよ、オタクファッションから着替えてよ!ついでに髪型もどうにかして!!」


 すごく嫌そうな顔で賢人を見つめるミオ。


「はぁ。分かったよ」


 賢人は、ユニットバスに入り、たった3分で変身を終える。

 ユニットバスから出てきたのは、オタクとは正反対の、東京に来た時と同じ服装と容姿だ。


「おまたせ、行こうか。」


 二人は、ビールに溺れたサラリーマンがふらつき、陽キャがウェーイする大都会東京の夜の街を散策する。

 かと思いきや、賢人がミオを連れて向かった先。そして、抵抗するミオの手をやや強引に引いて入った店は……


「いらっしゃいませ、ご主人様。お嬢様」


 目の前の可愛いらしげのメイドの衣装を着た女の子が、精いっぱいの元気と笑顔で、メイドカフェ特有の接客をしていく。


 オタクモードではない賢人は、残念ながら平静の表情をし堂々と立ち振る舞うしかない。まるで、本当の屋敷の当主のように。

 

 ミオがいなければ、自分の格好に関わらず、オタク全開でメイドとのやり取りを楽しんでいたことであろう。


 堂々とする彼に反してミオは、賢人の後ろに少し隠れて照れくさそうにする。

 

 二人はフリルを揺らしながら歩くメイドに案内され、テーブルに着かされる。

 

 メイドカフェふさわしくない、彼らのロックな服装や髪形をはじめとした、ここでは見慣れない見た目に、この場にいるお客のみならず、店員であるメイドも視線はこの二人に自然と向いた。

 

 メイドカフェの前座イベントが二人に対して行われるが、賢人は寡黙を守り、ミオはいまだ照れくさそうである。


「ねぇ…賢人。お嬢様だって私。」

「うん」


 ミオは小声でやり取りをするが、完全にアウェーな場所へ訪れた彼女は、周りの盛り上がりの空気に圧倒されさらに委縮する。、

 

 賢人は、メイドから大切に渡されたメニュー表を、ミオの目の前で開く。


「ミオ、なににする?」

 

 ミオの目の前に開かれたメニューには、

 萌え萌えオムライスや、マジカルキュンキュンジュースなどといった、普段の生活では絶対ないであろう品物が羅列している。


 ミオが端から端まで、異国の書物を読むかのようにじっくり時間をかけてメニューを見ていく中、賢人はメニュー表のスイーツのところへ指をさす。

 指をさした場所には、"ゆるふわキュンキュンぱふえ"と書かれている。


「俺これにするから注文よろしく。」

「は?え!?これ言わないといけないの?」

「もちろん!!決めるのが遅いミオが悪いよ。頑張って。」

「私、これ。」


 口にするには少し恥ずかしい言葉を、声に出して注文しないといけない恥ずかしさに、悶々とするお嬢様。


 ミオが指さしたのは、"ナポ~~~リたん♡"というメニューであった。もちろんただのナポリタンである。


「そこのテーブルの端にあるハンドベル鳴らして。」


 賢人の指示で銀色のハンドベルを手に取り、恐る恐る鳴らすベルの音は、騒がしい店内には響かなかった。


「もっと音が出るように振らないと聞こえないよ」










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