第13話

「あれは、ただのノイズだからね。もしこれが、オーディエンスの歓声だとしたら?時には地面まで鳴らす、これと同じくらいの歓声を、本物のステージの上で独り占めできる一歩を、これから歩んでいくんだから。」


 自分より一回り歳の離れた少年に圧倒されたミオは、賢人の言葉に返す言葉もなかったが、タイミングがいいことに、今にも止まりそうな新幹線が、甲高いブレーキ音を響かせながら、ミオの後ろを通っていく。

 

 完全に静止すると、二人は車内から降りる人がいないことを確認してから、足早と車内に乗り込み、切符に書いてある指定席を見つけて座る。

 

 それぞれが持ってきたキャリーケースと言えば、二人して足元に倒して、足置きにされている様子であった。もちろん靴は脱いではいるが。

 

 彼らの乗った新幹線は進みだし、数時間にも及ぶ座りっぱなしの旅の始まりを告げるのだった。


「賢人、暇なんだけど。トランプとかないの?」

 

 早々に長旅に弱音を吐き出さんとしたのはミオだった。


「修学旅行じゃないんだから、持ってきてないよ。まあ、修学旅行でトランプなんかする相手もいない僕が、こう言っても説得力ないんだけど」


 アニメを片耳のイヤホンで見ている、日ごろ陰キャの少年にしては珍しく自虐するような発言をする。

 隣の彼に気を遣うそぶりもなく、ゲラゲラと笑うミオ。


「一応聞いておくけど、その時トランプ持ってきてたの?」

「スマホとか持って来れなかったから、一応持ってきてた。」

 

 笑いながら飛んでくる第二の質問に、横画面にして持っているスマホから目をそらさずに、淡々としたトーンで答えた。

 ミオの笑い方がますますひどくなるが、公共の乗り物の中なので、静かに声を押さえて大爆笑するといった具合である。


「んで、ボッチのキミは、そのトランプを使って何をしてたの?占い?」

「神経衰弱。」

「ないないない、一人でトランプ取り出して神経衰弱とかありえないって!!」


 呼吸できているのか心配になるくらい、さらに爆笑するミオ。

 

 自身の学校生活でのぼっちムーブをバカにされてもなお、表情一つ変えずに、スマホのアニメを見続ける賢人。彼にとっての学校生活なんてものは、修学旅行とはいえど、まったくもって思い入れのあることではない。

 

 笑いが収まったミオは、賢人にある提案をする。


「神経衰弱してみない?」

「トランプないけど…」

 

 賢人の言葉に続くように、車内アナウンスが次の駅に停車するアナウンスが流れる。

 

 それを聞いたミオは、賢人がアニメを見ているスマホを取り上げ、革のジーンズの中のポケットの中へ隠す。

 

 アニメを中断させられたオタクは、新幹線に乗ってから初めて、スマホ以外に視線を移す。その視線の向かう先は、惑うことなく隣の泥棒であり、不意にされた理解できない行動をした彼女に対して睨みを利かせる。

 

 "睨み"に答えるかのように、止まりかけの車窓に移るホームを指さし、ミオは言う。


「トランプ買ってきて」

「は?めんどくさいんだけど」

「これ、返さないよ」

 

 スマホが入ったポケットを軽くたたき、微笑むミオ。


「チッ」

 

 舌打ちをしながら靴を履き、座席を立ち、今にも次の停車駅に止まりそうな車内を走り、列車が停止しきる前に、ドアの前で準備する。


「扉が開きます。ご注意ください。」


 競走馬のようにゲートの前に立った彼にとっては、もはやそれはファンファーレにしか聞こえない。


 ゲートが開き、抜群のスタートを切った彼は、全速力で走りだす。

 ホームの上にいる、まばらにいる人々を華麗にかわして、改札に向かう階段を下っていく。

 

 階段を下り切り突き当りに差し掛かる。選択肢は右か左だけだ。売店はいまだに見えない。地図すらない一度も来たことのない駅。この駅の出走経験がない彼にとっては、自身の直感を信じ右へと向かう。

 

 コーナーを曲がった賢人の目に"売店"の標識が目に入る。

 

 走りながら財布を取り出し、1000円札を 握りしめ、支払う準備をする。

 

 売店につくと、瞬時にトランプを選び、店員のおばあちゃんに差し出す。

 おばあちゃんがバーコードを打つと、運のいいことにレジには1000円ぴったしの表記。

 賢人は1000円札を渡すとトランプをおばあちゃんから受け取り、来た道を全速力で走りだす。


 さきほど下った階段を再び登ろうとするが、併設されたエスカレーターを確認すると、エスカレーター上には誰も人がいないことに気づく。

 レーン上に立ちはばかるものがいないと分かると、迷わずエスカレーターを選び、現代技術のスピードを追い風にして、ぐんぐんホームへと駆け上がる。

 

 一番上まで登りきると、ゴール手前の歓声のごとく、ホーム全体に鳴り響くベル。

 

 自分の脚にムチを入れて、最後の直線。自身がスタートした客車に向かう彼だったか、間に合わないと判断した彼は、三つ隣の客車へと不正なゴールをするのであった。


「駆け込み乗車はご遠慮ください。」

 

 無事に間に合った車内のデッキで、荒れた呼吸を整えながら聞くアナウンスに、自身のことをさしているのであろうと察した彼は、心を痛める。

 息が整った彼は、広くはない座席と座席の間をウィニングランして、ミオのもとへと戻り、蹄鉄くつを脱ぎ捨てて、自分の座席へと座る。


「ご苦労!!」

 

 申し訳なさを微塵も感じさせない笑顔で、労いの言葉をかけるミオ。

 

 賢人はミオに向かって、駅に取り残されるリスクを負ってまで、全力疾走で買ってきたトランプを、ふわりとミオに投げ渡す。

 

 トランプを受けっとった彼女は、箱からトランプを取り出すや、さっそくプレイする勢いで、カードをシャッフルしようとする。


「待ってミオ、トランプで何するの?」

「神経衰弱だけど?」

 ミオは一旦手を止め、何か文句ある?という顔つきで賢人の方を見る。



「いや52枚じゃ多いって。座席のテーブルでそんな枚数広げられるわけないでしょ。スペードとダイヤだけにしよ。」

 

 しょうがないな、という表情しながら、手に持ったトランプを裏返して、絵柄を確かめながら、半分に分ける。

 半分に分け終えると、カードをシャッフルして、座席の簡易テーブルにカードを伏せながら置いていく。


「じゃあ、俺からめくるよ。」


 二枚のカードをめくり、確認し終わったら元に戻す。

 

 ミオも賢人と同様にカードを確認していく。


 最初に同じ数字のペアをそろえることができたのはミオであった。

 カードをゲットできて、一点を手に入れた彼女は、続けてテーブルの上に伏せられたカードをめくっていく。


「確か……これとこれかな。」

 

 ミオがめくったカードの数字は、同じ数字ではなく、カードをもとの状態に戻し賢人のターンになる。

 

 その賢人だが、ペアをそろえることができずに、再びミオのターン。


 先ほどと同様に、1点だけ獲得して、賢人にターンが戻る。

 この時点で賢人は0点、ミオは4点というミオの先制リードの状況である。


「賢人くん?まだ0点なの?」

 

 ミオはこのゲームで、4点リードという優勢に事を運べていることに、いい気になっていた。


 たった4点しかリードできていないということを。


 ミオが4点リードしている状況で賢人のターン。

 しかし、彼女はまだ気づいていない。ここからが賢人の本気なのだと。


 現時点のテーブルの上で表になったカードは、カード全体の6割。

 ミオの持っているカードは、カード全体の2割

 残る2割は、表になっておらず、どのカードがどの数字なのか、不明で未知な状況である。

 

 例えミオが残る2割の未知のカードを強運をもってして、手にしたとしても、今の賢人のターンでテーブルの上の、すでに一度表になった"情報出し"されたカードの6割を手にしてしまえば、必然的に賢人の勝ちになる。

 

 そのための手順を賢人は、1ターン目から踏んでいたし、序盤は先制リードされカードを盤上から取られても、未知のカードを減らす行動をとっていた。

 もちろん、表になったカードをすべて記憶していないといけないということが、大前提なのだが、賢人にとっては造作もないことであった。


 ミオが先制して、いい気になっていることをよそに、テーブルの上のカードをどんどんとっていく。

 

 賢人は、ミオがとった枚数を大幅に上回る6割のカードを取り切り、残り2割の未知のカードに手を出していく。

 運が良ければ、すべてのカードを取り切る可能性は大いにあったが、そこまでの運は持ち合わせてなく、彼のターンは終了する。


「ミオの番だよ?」

 

 落ち着いたトーンでミオに話しかける言葉は、チェックメイトにも等しい。

 逆転することさえ不可能な状況を理解した彼女は、テーブルの上にある数枚のカードを放棄して、横に置いた半分のカードと一緒にまとめてシャッフルをする。


「ばばぬきにしよう!!」


 この後、一方的なトランプによるさまざまな勝負が続いたが、ミオが勝つことはあまりないようであった。

 

 各々、睡眠をとったりするなどして、時間をつぶすこと5時間。二人は目的の東京へと到着する。


 新幹線からホームに降りた瞬間から分かる都会の空気。ホームの隙間を見れば、一面にそびえたつビル群。何もかもが、彼らが乗り込んだ駅や街並みとは違う。


 一旦改札を抜けて、在来線の切符を買いに券売機に向かう。

 数駅先にあるホテルへ向かうためである。

 

 ほとんどが、電子決済を使いシームレスに通り過ぎる中、二人はこぞって券売機に向かっている。現地の都会人は彼らを見ても何も思わないが、切符を買うという行為が、田舎者の行動だと彼らは気にして、最速で切符を買う。

 

 派手な格好の二人は、田舎だと浮きがちであったが、それが功をして都会人とさほど変わらない印象だということを、彼ら自身は気づいていない様子でもある。


 切符を買った二人は券売機から少し離れる。

 ミオが券売機で買ってきた切符を賢人に見せて、間違いがないか確認してもらう。


「この切符でよかったよね?」

「あってるよ」

 

 駅の案内を見ながら、改札を抜けて乗り場へとミオをリードしながら、キャリーケースをガラガラと引っ張りながら進んでいく。

 在来線を使い、数駅先の駅で降りて改札を通り、駅を出る。

 

 ここで本当の意味で都会の地に足を付けることになった二人。


 ミオだけは、目の前で忙しなく変わっていく景色や、移り行く人々の多さに感動を覚える。


「んっーーーーーー。やっとついた。ここが東京か~~っ」

 

 背伸びをして、長時間座りっぱなしで固まった体を伸ばしていくミオ。

 その横で賢人は眠たそうにあくびをする。


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