第12話
あきれた表情をしたままため息をして、自分の息子に母親としての決断をする。
「まぁ、賢人がやりたいって言うならいいんじゃないの?東京に行く資金も自分で用意できて、立派じゃない。賢人が東京に住むのは、これが初めてってわけじゃないしね。一度しかない人生、自分で決めた道を歩きなさい。それに…」
自分の話を途中でやめ、ミオの方を向く。不自然な視線だと疑問に思ったミオは、自分を指す。
「それに?私ですか?」
「ミオちゃんと一緒に行くなら心配いらないわね?ウフフ」
ミオの問いにうなずき、手のひらを口元にやり、イヤらしくにやける母親。
自分の母親がなぜイヤらしくにやけているのかを、察しがついた賢人は、ミオの理解を超える火に油を注ぐような、発言をする。
「そういえば、俺はミオと一緒に東京に住むらしいよ。」
「あらら、仲がいいのね。」
母親の反応にミオは大人の対応をする。
「私が言い出したことですから、賢人を監督する義務が私にはあると思います!!その方がお母さんも心配ないでしょう?」
ほぼ頷くことしかしなかった賢人だが、ここでやっと、話に割って入ってき始めた。
「母さんが心配してるのは、その心配のことじゃないの?」
揚げ足を取られたミオは、賢人の太ももを母親に見られないように目いっぱい、つねる。
「一回りも年下の男の子に、そんな感情あるわけがないじゃないですか。」
つねられている状態でも、石造のように表情一つ変えない賢人に、少しイラ立つミオ。
「まぁまぁ。そういうことは置いといて、とりあえずミオちゃんの世話を焼かないようにがんばりなさい。」
石造のように顔一つ変えない彼は、内心思っていることだろう。
――いつも世話を焼いているのは俺なんだが?
「よしっと」
母親は重い腰を上げ、キッチンへと向かいだす。
「ミオちゃん、晩ごはん食べていく?」
「いいんですか?」
「食べておいき」
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
母親はキッチンで晩ごはんの支度をする。その間、二人でリビングのテレビを見て過ごし、晩ごはんを三人でテーブルを囲み食べ終え、デザートにファミリーパックのアイスを味わった。
その後小一時間雑談をした後、全員が玄関に行きミオを見送る。
「お邪魔しました」
靴を履き替え振り返ったミオは丁寧に会釈をして、それを賢人と母親は見送る。
玄関の扉を出て、徒歩30秒の実家への帰路へ着いていったのだった。
今日一日のすべてのイベントを終えた賢人は、自室に戻り、パソコンの中の美少女と日付が変わっても見つめあい、明日の学校生活を送るだけの必要最低限の睡眠をベッドの上で取るのであった。
次の朝、いつもの時間に起床し朝の支度をする。
朝食を食べ、歯を磨き、制服を着る。眼鏡をかけ、前髪は起きた時のまま、目まで覆われた状態である。
家を出るとイヤホンをつけ、スマホでアニメを見ながら登校する。
ここから、賢人の一日がスタートして、学校生活をボッチで過ごし、再びこの道を戻る。
アイデンティティ溢れる学校生活を送る日々。2月終わりの、学校がある日。
それは、中学生最後の冬休みなんか、とっくの昔に過ぎ去り、公立校の受験日がすぐ目の前に差し迫ろうかという頃。
まとも授業などはなく、入試対策を主にした三年間の授業の総決算のような内容の授業ばかりだ。
こんな授業、まともに聞いて受けているのは、公立校志望の生徒だけで、すでに私立校へ合格が決まった生徒は、全員うわの空である。
賢人もそのうちの一人で、自分の前髪を生かして、堂々と目を閉じ、椅子の上で授業を受けたふりをして舟をこぐ。
そもそも賢人にとっては、中学校の授業なんか、聞かずとも問題ないのだが。
こんな日であろうが普通の日だろうが、大して授業も聞かず、大した学校生活を送らない賢人にとっては、さほど特別感があるわけでもなしに、あっという間の一日が過ぎていく。
2月が終わり、3月の一番最初の土曜日。
賢人は一人、新幹線が通じる駅にいた。
改札手前の壁側椅子に座り、イヤホンを付け、スマホを見て時間をつぶしている様子。
各駅停車の新幹線しか止まらない田舎の新幹線駅に、ふさわしくないロックな容姿は、周りの目を引き完全に周囲より浮きすぎている。
そんな目はよそに、自分のスマホに集中している彼が見ているものは、アニメであった。
容姿と手元でやっていることのギャップを知らない周囲の数人の人は、容姿だけを見て、じろじろと見ている。それはオタクという好奇の目ではなく、この辺りでは見かけない、物珍しい格好という理由だ。
賢人がアニメを二話分見終えたころに、駅の入り口からもう一人、いやそれ以上に目を引く存在が駅の中へ入ってくる。
その存在は唯一彼のギャップを知っている女性であった。
駅に入った彼女は、賢人の存在に気づくと、彼のもとへ走って行く。
「ごめん遅れた。」
彼の正面に立つが、イヤホンをしている彼に聞こえるはずがない。
アニメが映し出されているスマホを自分の方へ傾け、何を見ているか彼女自身が確認する。
「またアニメ見てるの?」
「は?」
賢人は目線を、スマホを掴んでいる手の延長線上の本体に目をやる。
賢人はその一言だけをいいミオを睨み続けている。
立っている状態のミオは少しかがみ、賢人のイヤホンの片耳だけを外し、自分の言葉が、彼に聞こえる状態にする。
かがんだ状態の彼女は、賢人の顔の目の前でイヤホンを持っている手と反対の手で、手刀を切る。お互いの顔と顔が、1mの半分にも満たない距離で。
「ごめん、遅れた。」
「遅れたことはいいから、イヤホン返して。」
イヤホンを持ったまま、両手を後ろに回し、賢人に見えないように、イヤホンを持ち替える。
「どーっちだ?」
再び両手を前に出し、どちらにイヤホンを握っているか分からない拳を、賢人の目の前にやる。
二択を迫られた彼は、ミオの目をじっくりと観察し、目の動きから左手の方に若干意識が集中していることを察する。
「左手」
イヤホンの在り処を当てられ残念そうに右手を開き、そのまま黙ってイヤホンを渡す。
賢人はそれを受け取り、もう片耳につけているイヤホンを外し、両方ともジーンズのポケットにしまい、椅子から立つ。
「行こうか。これ切符ね」
イヤホンを入れたポケットとは反対のポケットから、あらかじめ買っておいたミオの分の切符を渡す。
二人は改札を抜け、キャリーケースを引きながら、ホームへと向かう。
ホームには、スーツ姿のサラリーマンや、旅行に行くような感じの老夫婦、少し遅い帰省なのか家族連れまでいる。
乗る予定の新幹線が来るまでに、幾度もホームとホームの間に、轟音と迫力をまとった、地上最速の公共交通機関の乗り物が行き交っている。
その度に、ミオの表情がこわばっているのが分かる。
ミオより三歩くらい線路側にいる賢人は後ろを振り向く。
「そんなホームの奥にいないで、黄色い線まででなよ」
「ムリムリムリムリ!」
「別に目の前を通過しているわけじゃないんだからさ。例え線路に落ちても轢かれることはないよ」
クールな格好をしているミオが怖がっている様子が、さぞ面白いのであろう。度胸試しをしろと言わんばかりに、手招きをする。
向かいのホームとの間には線路が4つあり、通過しているのはホームに面していない。新幹線が通過しているのは真ん中2本だけで、例えホームから落ちたとしても通過する車両に惹かれることはまずない。
「それでも怖いものは怖いの!」
大声で全力で拒否するミオ。
すると賢人は、ミオがいるところまで下がり、ジーンズのポケットに手を入れる。
おもむろに、イヤホンを取り出し、ミオの耳につける。
そして、自身のスマホを取り出し、先日レコーディングしたオフボーカルの音源をスマホからイヤホンに流す。
「ミュージックビデオの撮影だと思って、少しづつ前に出てみなよ。」
ノイズキャンセリングイヤホンということもあり、轟音が軽減されている状態のミオは、一歩ずつ前に進む。
だが、彼女が一歩踏み出す勇気を得たのは、そんな最新ハイテク機能のおかげではなく、イヤホンから流れている、彼女たちの曲である。
黄色い線まで着た瞬間。新幹線が目の前に来る。一瞬後ずさりしようとしたが、目の前の迫力に圧倒されて、一歩下がる余裕すらない。
「そう、これはミュージックビデオ。これは、ミュージックビデオよ」
ミオの中で何かのスイッチが入ってしまう。
賢人の数歩後ろで彼女は、イヤホンから流れている自分の声が入っていない曲に対して、空白を埋めるように全力で歌い始める。
一歩ずつ黄色い線まで歩く彼女は、新幹線が通り過ぎる前にたどり着くことができ、両方のイヤホンを中指で押さえながら、すでに自分では抜け出せられない自分の世界へと入り込んでしまっている。
駅のホームが轟音に包まれる中で、ミオの歌っている声が聞こえるのは隣にいる賢人だけであった。
しばらくすると、周辺は"静けさ"を取り戻そうとするが、彼女は歌い続けたままである。
だだっ広い駅の構内。響き渡る自分の声。歌うことが好きな人種にとっては、気持ちよく歌える条件がすべて整っているが、轟音が完全に消え去る前に、ミオを自分の世界から追い出させる。
「ミオ、もういいよ。」
賢人は真後ろにたち、両耳のイヤホンを彼女から外し声をかけた。
自分の世界から抜けることができ、回れ右をするように、真後ろの賢人の方を向く。
「気持ちよかったーー。」
ミオの言葉に続くかのように駅のアナウンスが流れだす。
アナウンスは二人が乗る新幹線のことをさしている。
「後ろに、キャリーケース置きっぱなしだから、忘れないようにね」
「はいよ。」
キャリーケースを取りに行ったミオは再び黄色い線まで戻り、賢人の前に並びなおす。
すぐ来るかと思われた新幹線だが、一向に来る気配がないので、賢人はミオの肩を後ろから軽くたたく。
ミオは話しやすいように半歩列を逸れ、後ろを向く。列と言っても二人しかいないから、列と言える代物ではないが。
賢人は数分前の出来事を振り返るように話し出す。
「さっき歌った時の気持ちよさって、ライブと同じ環境だからだと思う。」
ライブ経験のない彼女は、ライブという単語に食いつきの表情を見せるが、賢人の言葉を理解していない彼女は、無言の質問を返す。
「ホームってステージみたいで屋根もある。でも目の前は、こことは比べ物にならないくらい開けてるじゃん」
自身が立っているホームで、足元の分厚いコンクリートを指さしながら、質問に答えていく。賢人自身もライブ経験はないが、あくまでも環境として似ているという、推察である。
「でも、新幹線うるさすぎて邪魔だった。」
不満な顔をして反論するが、賢人はミオの納得がいく答えを再び返す。
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