第11話
口の中の辛い敵がいなくなったミオは、ショウにこう言い残し賢人と車から降りるのであった。
「わざわざ、家まで心遣いありがとうございました。このお礼は………いつか絶対するからね。覚えときなよ」
ショウは子供のような笑顔をしながら、運転席の窓から手を振る。
賢人は手を振り返し、ミオはなぜか、柄にもなくかわいらしく敬礼をし、ショウの車が見えなくなるまで、見送り続けた。
「一時間後くらいに賢人の家行くから。東京の件忘れてないよね」
「忘れてないよ。でも母親帰ってないけど一時間後に来るの?」
「実家にいてもすることないし行く。」
去り際に手を振りながら、二人ともそれぞれの玄関の扉の向こうへと帰っていく。
賢人は家に入った瞬間に脱衣所へ向かい、シャワーを浴びる。
ジェルで固めた髪の毛は、なかなか泡立たず、二度、髪の毛を洗う。
シャワーを浴び終わったら、パンツだけを履き自室へ向かう。
部屋に入ると、ベッドの上にダイビングして、パンツ一丁でベッドのフカフカを味わってから、朝脱ぎ散らかした部屋着のジャージを着る。
ズボンに至っては、ジャバラのように縮まっているので、履くというよりは、足を入れてズボンを上げるだけという、超時短仕様であった。
相変わらず、床以外のすべての部屋の面は、オタク趣味の美少女だらけである。
ミオが来るまでの間、美少女ゲームを楽しもうと、パソコンの電源を入れる。
起動し終えるまでの間、玄関に置きっぱなしにしていた自身の楽器を、部屋へと運び片づける。
再びパソコンの前の椅子に座り、ヘッドホンを付ける。画面上の美少女ゲームのアイコンをクリックして起動させ自分のゲームへ入り込む。
半時が立とうとする頃、賢人の後ろに迫りくる人影。
美少女ゲームに夢中の彼はそれに気づくわけがない。
両耳を美少女のボイスで満たされている彼の耳は、足音ごときでは、ビクともしない。
迫りくる人影が、賢人のすぐ真後ろまで近づく。
美少女が映し出されている画面を、彼の肩越しから覗き込み、興味津々の様子である。
その人影は五分程、気づいてほしい感を出しながら、賢人と同じ画面を見ていたが、いつまでたっても気づく気配がないので、人影は直接行動に移り始めた。
人影は両手で優しく賢人の視界を覆い、美少女との世界を遮断させる。
「だ~~れだ。」
人影は、賢人の耳元で吐息交じりにささやく。
不動の賢人。
そのはず、ヘッドホン越しにささやいたって聞こえるはずもない。
人影はそれに気づき、両手で目を覆っている状態から右腕全体で覆うようにして、視界を奪い続けたまま、自由になった左手でヘッドホンをずらし、再びささやいた。
「だ~~れだ。」
「ミオ」
即答であった。
「またこんなゲームばかりして、」
「人の勝手やん。」
片耳しかあてがってない状態で、ミオにかまわず、美少女ゲームを進めていく。
彼がこんな具合なので、暇を持て余したミオは、本棚の内容が軽そうな漫画を、ベッドの上で寝そべりながら読み漁る。
二人は二時間もの間、会話のないまま無言で過ごす。賢人に限って言えば、美少女との会話は成立しているが…
とうとうこの沈黙に耐えきれなくなったミオは、賢人に近づき目元まで隠れている長い前髪を、手ですくうように後ろに上げた。
「この方がかっこいいのに、なんでいつもオタク丸出しの髪型なの?」
「こっちの方が落ち着くから。周りの視線とかも遮れるし、誰も自分に近づこうとしないから。」
「そっか……」
二人の間に、今までの二時間とは違う部類の重い沈黙が続く。
マウスのクリック音は、この沈黙とは関係なしに鳴り響き続ける。
ちょうどいいタイミングで、一階の玄関の扉を開ける音が、賢人の部屋にも響く。
「賢人ママ帰ってきた!リビング行こ。」
「ちょっと待ってセーブするから」
ヘッドホンを強引に取り机の上に置き、マウスを握っている右手を取ろうとするミオの強引な強引な行動を予測していたように、ものの数秒でセーブをし、パソコンの電源を落とす。
先にミオが部屋の扉を開けて、彼を急かす。
二人で階段を下りて、リビングへと向かう。
そこには、買った食材を冷蔵庫にいれている最中の賢人の母親がいる。
「こんにちわ!お久しぶりです。」
ミオが元気よく軽く頭を下げると、賢人の母親とあいさつを交わした。
「あらー。ミオちゃん久しぶりね、元気してた?」
「おかげさまで、この通りです。」
「そこのソファーにでも座ってて」
二人掛けソファーに、揃って賢人とミオは腰を掛ける。
「さっき、コンビニで買ったケーキあるけど、食べる?」
賢人の母親は、スーパーの袋に一緒に入れていた、二つ入りのショートケーキを手に取り二人に勧める。
「食べます食べます。さっき、賢人たちと焼き肉行ってデザート食べてないから、糖分不足で!」
「ならちょうどいいわね」
全員分のコーヒーを淹れつつ、ショートケーキを入れ物から取り出し、お皿に移し替えフォークを添えて二人の前に置き、自身は一人用のソファーに身をうずめる。
「いただきます」
ミオが手を合わせ軽くお辞儀をしながらフォークを手に取る。
賢人もフォークを手に取って、無言でケーキに手を付けた。
賢人の母とミオは、世間話をしながらイチゴの乗ったショートケーキを味わっていく。賢人と言えばたまに相槌を打つくらいで、二人の会話に無理やり入り込んだりはしない。
二人ともケーキを食べ終わると、ミオはさりげなく本題に移る。
「賢人の進学先なんですけど……」
「進学先のことは話してるよ」
「先に言ってよ」
ミオが続きを言おうとすると、赤べこのように相槌しか打ってなかった賢人が話を遮るように口を開いた。
ミオは隣に座っている賢人の頭を軽く叩くと、それを見た賢人の母親がコーヒーを片手に笑う。
「まるで姉弟みたいわね」
姉弟に例えられた二人はそろって苦笑いをするが、ミオは再び本題へと戻す。
「賢人が、東京を進学先に選んだのは、賢人自身の趣味と、もう一つ理由があって……東京で賢人と一緒にバンド活動をするためです」
大きく一呼吸おいた、本題の続きを勇気を振り絞り、力んだ喉から言葉を出す。
ミオはソファーから立ち上がり、賢人の母親の隣へと行き、ポケットからスマホを取り出す。
「これなんですけど、この動画上げてるの私達なんです。」
スマホを横画面にして母親の手元に持っていく。
以前アップロードしたミュージックビデオが、スマホいっぱいに映し出される。もちろん顔出しはしてなく、胴体だけの映像なので、知らない人が見ても誰が誰だか分らない。
「かっこよくて良い曲ね。これ歌っているのもミオちゃん?それと、もしかしてこれが賢人?」
母親は嬉しそうにベースを持った少年を指さす。さすが母親なんだろう。立ち姿やちょっとしたしぐさで、自分の息子だと気づく。
「そうですそうです。これベースって言う楽器なんですけど、これ弾いているのが賢人なんです。ボーカルはもちろん私です。」
少し自慢げに話すミオは、スマホを縦にして、動画の詳細を表示させる。
「ここ見てもらいたいのですけど、再生回数って書いてあるじゃないですか。これがこの動画が再生された回数です。」
ミオが指さす場所には、"460万回再生"の文字。
こういうインターネットコンテンツに疎い母親は、首をかしげて彼女に質問する。
「これって凄いの?」
ミオは即答する。
「私がこういうと自画自賛になるかもしれませんが、かなりすごいことです。プロデビューしている歌手の動画と同等の再生回数です。ちなみにこれだけじゃなくて……」
スマホを操作して、スマホに映し出されているミュージックビデオを止めて、チャンネルページを表示させる。
ミオが動画一覧ページを表示させ、100以上ある動画を一気に下へスクロールさせ見せる。
「今映った動画、すべて私たちの動画です。全部ミュージックビデオってわけじゃないですけど、ほとんどが、100万回以上の再生回数を出してます。」
「へぇーすごいわね。」
ミオの力説とは相反して、そっけないほめ方をする。wetubeの話を聞き終えた母親は、口元に手をやりうつむき、何かを考えている様子であった。
家の中が沈黙で満たされる。
しかし、母親は急に頭を上げて、両手の手の平を叩き合わすようにして音を鳴らし、先ほどのそっけない面持ちとは、真逆のテンションで話し出す。
「もしかして!!この前、賢人がやってるって言った動画のやつってこれのこと?」
「そうだよ」
「よかったー。ずっとあのお金のことが心配で。悪いことしてるんじゃないかって。」
「そんなわけないって。」
悪事に手を染めているのではないかと、大げさすぎるほど心配する母親に対して、少しあきれ笑いをしながら、否定する。
ミオは座った状態で体を母親の方向へソファーから身を乗り出して、今までと変わらない声の大きさで耳打ちをする。
「これだけ再生回数がありますと、そこそこ稼げるんです。ご心配なさらずに。」
二人から説得された母親の肩の荷が下りるが、二人に対して、疑問をぶつける。
「これってわざわざ、東京に行く必要ないんじゃない?」
動画だけなら、日本中、世界中どこでも撮影できて、インターネットさえあれば、場所や端末問わずどこでもアップロードできる世の中。現状、wetubeの活動をこの地でできているのだから、わざわざ遠方の東京へ行く必要もない。
ミオは軽く咳払いをして、急に背筋を伸ばしてかしこまる。
「私たちは動画を見てもらって分かるように、顔出ししていないアーティストですよね。そんな私たちが、このスタイルを保ったまま、動画だけにとどまらずに、ここを飛び出してメジャーデビューをして、CDを出す。こんな誰も成し遂げたことがない偉業を私たちは成し遂げたい。これはメンバー全員の目標でもあり夢なんです。」
賢人の母親は、ミオの力説を聞き思わず拍手し、ミオに再び質問を投げた。
「ねぇミオちゃん?私達ってことは、賢人も同じ考えってことなの?だから東京に行きたいってこと?」
賢人らしくないアクティブな行動に、母親である賢人ママは自分の息子がただのバンド活動だけで動くはずがないと確信していた。
賢人は首を横に振る。それを横で目にしたミオは、目を丸くし思わず声が漏れる。
「え……」
「俺は、秋葉原に行きたいって理由が半分ある。」
賢人の性格や趣味を知る二人は、賢人らしい理由にあきれた表情をする。
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