第6話
賢人の肩へ回していた手は、カイトの首へと伸び、蛇のように首元へ回り込む。
賢人はさりげなく二人の間からさりげなく脱出した。
瞬く間にミオから羽交い絞めにされるカイト。
――哀れだ。
「暴れ馬はやっぱ暴れてなんぼでしょう?」
「ぅうぅううぅぅ……」
首を絞められて唸るカイトを横目に、部屋のドアを開け、部屋を後にする賢人と、それにつられて後を行くショウ。
「ちょっと水買ってくるけど、頑張ってカイト」
「命ある事祈ってるぜ」
賢人とショウは健闘を祈ると、カイトが苦しむ拷問室を後にする。
貸スタジオのビルの一角にある自販機の前で、何を買おうかたたずむ二人。
「賢人は、どれがいいか?」
ショウは財布から500円玉を取り出し、自販機へ入れる。
自販機に入れた500円玉は、”それ”にとって飲み物を出す糧にはならず、小さい排出口へと払い出された。
再び500円玉を自販機に入れるが、ことごとく払い出され、カランという音の響きが、その虚しさが歯がゆさを感じさせる。それゆえにショウは舌を打ち、溜め息を混ぜつつ落胆する。
「はぁ。年上のお兄さんが、ガキにせっかく奢っていいとこ見せようとしたのによ?いい大人が自販機に遊ばれる始末だよ。」
――お兄さんというよりおじさんも風貌だけど。
何も言わずに、財布を取り出し千円札を取り出す中学生。500円で買うことに固執していたスキンヘッドハゲ頭よりも、よっぽどスマートだ。
千円札を軽く伸ばし、自販機へ飲み込ませる。
すると一発で、自販機を餌付けることに成功し、金額を表示するデジタルに"1000"と表示された瞬間、隣から悪魔の手が伸び始めた。
悪魔の手はカフェオレのボタンを一目散に押し、ガタンガタンと自販機の中で落ちていったカフェオレを手に取ると、賢人の前から走り去っていく。
「ありがとな賢人!!!!」
スキンヘッドでいかつい風貌をした見た目に反し、走り去っていく大人げない坊主を鼻で笑いながら、自分が欲しい飲み物のボタンを押す。”ブラックコーヒー”と書いてある飲み物を。
千円札を入れた自販機には、いまだ飲み物が数本買える金額が残っていたが、賢人はあえてそれを残したまま、ショウが走り去った後をコーヒーを片手に歩いて続く。
賢人は、全員がいるスタジオのドアを開けた瞬間、拷問を終えたミオの期待の込めた眼差しが待ち構えていた
「賢人~!!賢人も飲み物買ってるじゃん。私のは?」
「どうぞお姫様。姫がお好きな飲み物をお求めできるように手配しておきました。手荷物はすべて置いて向かわれてください」
「ご苦労」
ソファーの上に上半身を寝そべらせていた姫は上機嫌に立ち上がり、労うように賢人の肩をポンと叩いた。
賢人は、姫のお言葉を賜ると執事のように胸に手を当て軽いお辞儀をする。
ミオが部屋を出ようとすると、カイトも置いて行かれないように大急ぎで部屋を出ようとし始めた。
「俺も俺も!!」
カイトの声を聴いた瞬間ミオは立ち止まり執事に対して命令を下す。
「賢人?お荷物は要らないって言ったよね?」
「左様です。」
「じゃあ、その忙しない一人でに歩く荷物をこの部屋から出さないで頂戴?」
「仰せのままに」
ミオがスタジオから出ると、賢人は丁重にドアを閉め、おこぼれを貰うことを阻まれたカイトは、悔しそうに膝から崩れ落ちた。
「独裁者め」
スタジオの奥の方では、ショウがカイトのポジションである、ドラムの椅子に座りながらカフェオレをすすっていた。
「俺らは別にそんなこと思ってないけど?お前だけがそう思っているなら独裁者ではなく、お前が飼い犬なだけだろ。」
カフェオレを持ちド正論を語る強面の言葉に、賢人は後ろを向くようにして、吹き出しそうになるブラックコーヒーを堪えた。
床を見つめうつむき、"おすわり"で主人の帰りをひたすら待つ飼い犬。
「ただいま~。なんでそんなところで座ってるの?せっかくお土産買ってきたのに、目の前で座られて通せんぼされると邪魔なんだけど?」
ミオの口から出た"おみやげ"の言葉を聞き、期待いっぱいの表情で顔を上げる奴隷。
その目に映ったのは、誰もが喜ぶおみやげではなかった。
ミオが買ったお土産というのは、”おしるこ”だった。
「賢人ありがとね。あんま残ってないけど、はい、おつり」
「あーいいよ全然。そんなことより、おしるこ攻めマジでおもしろい」
ミオはしゃがみこみ、床に座ったままのカイトと同じ目線になる。自分が飲むために買った缶コーラをカイトの顔の目の前に持っていき、缶のフタを開く。
プシューとした音とコーラの香りが、ミオとカイトの間に漂う。
「ちょっと待っててね?」
ミオはいったん、自分のコーラを横に置き、”おしるこ”に持ち替える。カイトの目の前でコーラと同じように目の前で缶を開ける。
カイトの目の前には甘ったるい小豆のにおいが立ち込める。
「あなたにはそれがお似合いよ」
「ははは、これじゃ心は満たされても、のどは乾いたままだ。」
カイトは死んだ目をしながら、無表情でおしるこに口を付けた。
“おしるこ”を1分で飲み干したカイトは空になった缶をもって、スタジオのドアを開けた。
「空き缶捨てに行ってくる」
カイトが去ったスタジオの中、ミオはこっそりとドラムの椅子の上にコーラを置く。
カイトがスタジオへ戻ると真っ先にミオが声をかけた。
「おかえりー。練習続けるから早く準備して。」
「ごめんごめん。」
椅子の上にポツンと置いてあったコーラを一口飲むと、ドラム近くの床に置きドラムスティックを持つと、軽く腕慣らしをするようにドラムを叩きだす。
「遅れてきたドラマー準備完了です!」
「次で完璧に演奏して、さっさと飯食いに行くぞ。カイト、カウントよろしく。」
カイトのカウントで全員の息合わさり、一寸も狂わずに演奏が始まる。
バンドが演奏し始める合図を出したカイトの雰囲気は、おしるこを飲まされ犬みたいな扱いをされていた時とは別人で、力強くしなやかに、いくつものある単音しか出せない楽器を、自分の声のように操っていた。
演奏が終わると、ミオが自身に向けたマイクの電源を切り、後ろを振り向く。
「いいんじゃないの?ちょっとしたことは明日のレコーディングでして、とりあえず飯食いに行くよ!!」
肩の荷が下りて気が抜けたメンバー全員が、それぞれの楽器を片づけに取り掛かる。ただ一人を除いては…
「ちょっとタバコ吸いに行ってくる」
一目散に片づけを済ませて部屋を後にしたのは、ドラムのカイトである。
「いいよな。いつも早く片付けできて。」
ショウの羨む眼差しを向けられながら、部屋を後にする金髪の男カイト。
部屋の中の三人は、腹を鳴らしながら、帰り支度を進める。それと同時進行で、カイト抜きにして、晩ご飯の話し合いが進んでいく。
「焼き肉がいいっ!」
ギターをケースに入れ終え、ファスナーを閉めながら提案するミオ。
「また、焼肉かよ」
ショウが落胆の面持ちで返事をする。焼き肉という少し贅沢な食事にもかかわらずに。
賢人は、片づけをしている手を止めて、右手を上げ、高らかに提案する。
「俺は寿司がいい。回らない方の」
三人の中で一足早く片づけを終えたショウが、賢人に近づきデコピンをする。
「お前、中学生のクセに贅沢なんだよ。おとなしく回る寿司屋で、玉子の寿司でもつまんでな」
「いやぁー今日は量より質って気分だから」
自分のギターを片付け終わったミオは、二人の会話に混ざるように近づきだす。
「せっかく賢人が高校合格したんだっていうから、回らない寿司でいいじゃない?」
「はぁー」
年相応ではない賢人の舌と、それを否定しないミオに対してあきれた表情をするショウであった。
しばらくすると、一服を終えたカイトが戻り、自分の荷物を手に持ちショウに尋ねると、ショウはため息交じり答える。
「晩飯何にするか決まった?」
「回らない寿司だってさ」
メンバー全員がそろった瞬間、ミオは我先にと、部屋を出ようとするように、ドアノブに手をかけた。
「お腹空いているから、早く出るよ」
「早いってミオ!」
ミオが先早に行ってしまうのを止めようとしたカイトだが、それもむなしくミオが出て行った扉はバタンと閉まっていく。
大慌てで追いかける全員がスタジオのビルを出ると、ミオはスマホで何かを調べているようだった。
「どこの"焼き肉屋"にする?」
一転したミオの発言に、彼女を追いかけてきた全員が、一様に同じ表情をした。
――は?
――は?
――は?
三人の中で一番にツッコミを入れるのはカイトだった。
「さっき寿司屋っていってたやんけ」
「やっぱ今日は寿司じゃない。肉だ。肉!!体を動かした後は肉!私の喉を潤すのは、高級な肉汁!」
気分屋の言葉を聞き、呆れてた表情しかできない他の三人。
メンバーからすれば呆れるほど日常茶飯事で、例えミオ自身が決定したことであっても、事が実行に移るまでは常に”予定”である。
真っ先に右手を挙げ、行く店を提案し始めるのは、意外にも回らない寿司を所望していた賢人だった。
「この前行ったジンギスカン鍋の焼き肉屋がいい」
「あそこ少し遠くね?」
ショウは、無駄に大きい体を持つからか、歩いていくには少し遠い距離にある場所をめんどくさがった」
「そこのタクシーちょっと待って!!!」
ミオは透き通った声をあげながら、目の前に通りがかったタクシーを止めさせるために、ギターケースを背中に背負いながらも全力で走り出す。思い立った時の行動力は良いか悪いかはさておき、リーダーさながらである。
タクシーが止まり、商店街の歩道へとタクシーのドアが開かれる。
ミオは、背負っているギターを降ろし、開いたドアに体だけを入れて、運転手に話
しかけ始めた。
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