第7話
「隣町の駅前の焼き肉屋まで、私含めて四人。お願いしてもいいですか?」
「いいですよ」
「それと、ギターをトランクに乗せたいので開けてもらっていいですか?」
運転手へと話しかけるようすは、バンドメンバーに見せるようなオテンバ気分屋娘のミオではなく、大人らしさをまとった女性だった。
バンドマンの服装をせず、常にこの話し方なら、間違いなく合コンなどの男女の集まりでは一番人気であろう。ミオの内面を知っているメンバーでさえ、仮面を被ったミオであるならば、そうなることを確信している。
タクシーの運転手は営業スマイルのまま、無言で運転席からトランクを開け、OKサインを右手で出した。
ミオは、上半身だけタクシーに入った状態から、スルリと抜け出すと、他3人の方を振り向き、元気いっぱいの笑顔で手を降る。
「タクシー捕まえたよ~~」
ミオが笑顔を向けた人全員は、自分がなすがままの状態で笑顔を向けてくる彼女に対して、飽き飽きした表情で、重い足をタクシーの方へ向ける。
ミオが先に助手席へ乗り込んだにもかかわらず、後の三人はタクシーに乗り込むことに躊躇しているようだった。
「おい、お前先乗れよ」
カイトは、賢人にしか聞こえないように、耳元でコソコソと言った。にもかかわらず、助手席にいるミオは、小さな声で聞こえないはずなのに、男どもの茶番を察したかのように、タクシーの窓から顔を出し、無言で命令する。
「はやくのれ」
どんどん鋭くなる目つきと、口元の動きだけで何を言いたいのかが、すぐにピンと来たカイトの背筋は凍り付いた。怯えきった虎のような金髪の彼は、猫の様な小さい姿勢で、一目散にタクシーに乗り込み、カイトに続くように、賢人が乗り込み、ショウも乗り込んだ。
ミオは乗り込んだ際に乱れた髪の毛を右耳にかけ、少し上目遣いでタクシーの運転手にお願いする。
「全員乗ったので出発お願いします。」
中年の運転手は、ミオの色気のせいか、少し若返ったように返事をして、後方のドアを閉め、タクシーのアクセルを開ける。
タクシーが走り出して十数分。
目的の焼き肉店の前にタクシーが着き、後ろのドアが自動で開く。ミオは自分で扉を開け、タクシーから出て運転手にお礼をした。
「ありがとうございました」
後ろの席に座っていた三人が下りていく間にも、ミオは一人焼き肉屋に向かっていた。
ショウと賢人がタクシーから降りて、最後にカイトが降りようとした瞬間、運転手がカイトに声をかける。
「あの、お支払いお願いします。」
「ミオ…前の女性が払いませんでしたか?」
「後ろの金髪の男が払うって言ってましたよ。」
「マージっすか!?」
カイトは走り去っていく、ミオや賢人とショウを遠目で見ながら、渋々タクシーのメーターを確認した。大きく息を吸い込んで悲しい目をしながら、財布からクレジットカードを取り出し、タクシーの運転手へ渡した。
クレジットカードでの支払いが終わると、カイトも他のメンバーの後を全速力で追った。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「4人で。」
一番槍に店に入ったミオに店員が聞くと、ミオは右手の指を4本立てて、タクシーの運転手に向けた表情や声色同様に、大人びたお姉さんの対応で答える。
後から走ってきたカイトも加わって、全員が席に座りメニューを開いている中、カイトだけは息を切らし、メニューは開いているものの肉を選ぶ余裕ではなかった。
賢人はメニューに目をやりながら、中学生目線の健康アドバイスをし始める。
「普段運動とかしないからだよ」
「大人になるとな、運動する機会なんか微塵もねーんだよ」
「現に苦しい思いをしているのは自分じゃん」
「もうお前みたいに若いわけじゃないんだよ」
カイトは先に出されたお冷を一気に飲み干しながら、ただの言い訳を口に出した。同世代の他二人もメニューに目をやりつつ、無言で首を横に振っていた。
呼吸が整うと、皆に遅れまいと大急ぎでメニューに目を通し、一発目に食べる肉を決める。自分が最後だということを察して、手を挙げて店員を呼ぶ。
店員は、4人全員の注文を受けると、最後に復唱しその場を後にする。
ミオも空腹感を紛らわせるために、お冷を全部飲み干すと、コップを置き話しだす。
「この肉が来るまでの空腹が一番つらいんだーー、ね?賢人?」
「そうだね」
「この地元でこうやって過ごすのも、残りわずかね」
「俺らの投稿したMVの再生回数と登録者数考えれば、レーベルから話がかかるのも
時間の問題だった。上を目指すなら、東京へ行くことのメリットは大きい。」
「大学卒業して、内定貰って職について、それを私のわがままバンドに付き合ったば
かりに、無職になってバンドマン。ちょっと申し訳ないなってね。」
ミオの下向きな表情を見たから、ショウはスキンヘッド頭を拭いた”お手拭き”を丁寧に畳むと、きれいな頭をかきながら口を開く。
「現に、普通にリーマンしてる給料の倍以上は貰ってるし、今後の伸びしろを加味しても、割のいい博打、いや確実に人生勝ち組になる最短ルートの地図を俺らは手にしてる。」
「それでも……」
言葉を詰まらせるミオだが、空気を変えるかのようにカイトは、ショウがキレイに折りたたんだ”お手拭き”を指さした。
「てか、なんでショウは”お手拭き”で頭拭いてんの?頭拭きじゃねえだから」
ミオの真剣な話に、ショウの斜め上の行動にカイトは突っ込みを入れ、テーブルを 囲む四人にクスッとした笑いが立ち込め、カイトはさらに話を続けた。
「脱サラできて俺は最高っす!!無職上等!!果報は寝て待てってね」
「私がお前に、果報を寝て待つようなことをさせるわけない。寝る間もないくらい働かせるわ」
大人の会話に出る幕がないと察した賢人も、盛り上がってきたやり取りに我慢できなくなり、会話に参加し始める。
「俺も高校行かなくていいかな」
「「「それはだめ」」」
大人連中三人から総バッシングを受けてしまう賢人だった。
会話も弾みだしたところで、ようやく待望の肉がテーブルに並びだす。各々好きな肉を熱気たぎる網の上で、好みの焼き加減で食べながら、さらに会話を弾ませていった。
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