第5話

 賢人は、今日見た夢を覚えている限り、消えそうな夢の記憶をたどるように、一つ一つ話始める。

 

 賢人の夢は、自分が”王様”になった内容で、王の一人称は”朕”という割と常識なことを、小学生みたいな下ネタを連想して、自らツモってしまった話だった。

 

 眠りの中での王様で過ごした自分を語り終え、ミオの檄が飛ぶと思った賢人は黙り込む。スタジオの中は一瞬静粛に包まれるが、意に反して大爆笑の嵐が巻き起こる。

 

 一番近くで聞いていたミオは、賢人の頭をなでながら、妙な笑みを浮かべる。


「お前、いつもは大人びて見えるのに、心はまだ中坊だな!チンチンで笑うとか、小学生で卒業でしょ。」

「それは夢の中の自分だから!自分とは関係ないから!!!」

 

 賢人以外は、全員大学を卒業してから就職し、ようやく社会人が型にハマり始めた二十代半ば。そんな人たちの中で、唯一中学生の賢人は、照れくさそうに年相応の反応を見せた。


 ミオのからかいに、いまだ前髪をイジっている金髪の男が水を差し始めた。


「てか、王様って本当に自分のことチンって言うんっすか?教えてくださーい賢人先生」

「違う違う。朕って言うのは中国の皇帝の一人称。日本でいう”麻呂”とか”余”はとかと同じ感じ。いい大人で大学出てるのにこんなことも分かんないとは?」

「うるせぇ」

 

 ミオは、ふとスタンドマイクを手に取ると、マイクの電源を入れる。マイクを両手で力強く握りしめて、口元を近づけ、大きな声で三人に向かって言い放つ。


「じゃあ、この中の皇帝は私だから、今度からバンド内は朕で行くわ。朕の命令は絶対よ!”敵を撃て”といえば従え?私の命令は絶対!逆らえばコロス。」

 

 あまりの声量のデカさにスピーカーがハウリングを起こし、スタジオ内に響いたキーンとした音が、耳を貫く。


 ショウはミオに対抗するように、キーボードの和音一音を、ハウリングに匹敵する大きさ突如として鳴らし、ガタイのいい体の腹の底から声を上げた。


「は?ミオみたいな独裁者は、他人の手によって死ぬって知ってる?それに、敵は俺らじゃない。いかに俺らを知らない、好きじゃない奴ら敵を、味方に寝返らせるかじゃないの?」


 強い口調で言い放ったミオは、マイクスタンドを床と平行になるように持ち上げ、自分の目元まで引き寄せた。銃を構え狙うようにショウに向けると、照準を合わせるかのように片目をつぶり、引き金を引くように言い放つ。


「は?敵?そんなの一人づつ、私達のバンドで片っ端から蹂躙するだけ。敵が何人いようと何万といようと、私のマイクで声で、ただ狙い撃つだけよ」

「降参だ。ミオ」


 ショウは、両手を挙げ首を横に振った。


 マイクスタンドを下げ元の位置に戻し、満足げな笑みを一瞬だけ浮かべると、そばに置いてあったギターを手に取り始める。


「あーー茶番はここまで。一通り通しでやるから、さっさとチューニング済ませて」

 

 朕でなくとも紛れもなく、賢人、ショウ、カイトの三人のリーダーであるミオの指示に従い、各々が自分の楽器の準備を始める。先ほどの談笑とは違う目つきが、室内に緊張感が張り詰め始める。チューニングする、それぞれの楽器の一音一音がさらに雰囲気を助長させていた。


 全員がチューニングを済ませ、音を鳴らすのをやめると、スタジオ内は無音を通り越して、彼らの迫力が壁を反響しこだまする。


 全員が演奏できる状態を察し、ドラムのカイトが両手で持ったスティックを互いにぶつけ、出だしのカウントを始める。


 カウントを鳴らし終わった瞬間、その場の空気が一気に変わる。一度聞けば、人々の視線を釘づけにするような音の交わり。決して自らの技量に溺れることなく、人に伝える、心へ届けるための音。決してバラードのような静かな演奏ではないのに、その真摯さと真剣さが、古びた貸スタジオの一室だけの刻を止め、演奏している彼らだけが止まった時間の中を進んでいた。

 



 イントロが終わり、マイクスタンドを前にしてギターを弾いているミオが、やっと私の出番、と言わんばかりに息を吸い込み声色を発する。

 

 最初のワンフレーズ、いやミオから発せられた歌詞の最初の一文字。歌いだしたところで、止まっていた周りの刻は動き出し、彼女の歌声は、他の3人をけん引する。


 ベースを奏でるケントも中学生とは思えない、他のメンバーとの歳の差を感じさせない技量と迫力で、同調しているのが見て取れる。


 一人一人が違う色を、個性を出しているのに、ミオの歌声ですべてが収束し一つになる。ひしひしと感じさせる演奏が約4分にわたり奏で続けられ、曲の最後の音であるギターの余韻が消え終わると、再び無音状態になる。静まり返った空間の中にはもう緊張感はなくなっていた。


 演奏前の無音とは違い、ただ音がない状態の中、ミオが後ろを振り向き笑顔で言う。


「いいじゃん。完璧じゃん。誰もミスしてないし最高だよ。」

「誰に言ってんだよ。」


 少し崩れたオールバックの髪型を後ろへかき分けながら、独り言のようにミオに返事をした。


 ドラムのカイトは立ち上がり、賢人の肩に腕を回す。


「もーー、クールに照れちゃってさ。」

「照れてないし。」

「お前が、どんな時でもクールだから、俺らに熱が入っても、お前がそれを押さえ続ける。だから、前だけを向いて自分の演奏に集中できるんだぜ。誰とは言わんけどさ、このバンドのリーダー、お前がいなきゃただの―――」


 最後の一言だけは、ミオにあえて聞こえるように、コソコソと賢人の耳元で大きな声言う。


「―――暴れ馬だぞ。」


 ミオも賢人に近づき、カイトが腕を回している反対側から肩に回す。二人に腕を肩に回され身動きでいない状態である賢人の頭を、肩を回した手で引き寄せ、これもまた聞こえるように大げさに耳打ちをする。


「誰が暴れ馬なのかな。」


 賢人は二択の選択肢を迫られた。


 ミオに巧妙な言い訳をして自分の身を守るか、無言を貫きカイトと自分で痛み分けをするか。賢人がとった選択は………


 前者であった。


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