第3話
味方チームのイケイケのスポーツ系男子生徒達は、コートの中央で、敵チームのドリブルを阻止してボールを奪いあっている。
そのうちの一人が、ボールを奪い取ることに成功した。残念なことにすぐに周囲を敵チームに囲まれ、さらには両腕を広げられ壁を作られてしまう。二人にマークされた彼は、すでに自ら一人で突破する術を持ち合わせていない。
とりあえずといったように、周囲を見渡し、フリーになっている味方にパスを投げる。
期待もむなしく、このパスはかわいそうなことに賢人の方へまっすぐと飛んでいった。
イケイケの男子生徒の顔からは、プレイをあきらめた表情がもろに出る。
ボールが、賢人へと行き届く寸前、コートの中で一番頼りない彼は、両腕を胸元まで挙げると、キャッチする動作に移った。
頼むからとってくれ、コートの外に出すな、という味方の藁にもすがるような期待が、ボールが向かう先へと集中する。
パンッ
勢いのあったパスされたボールは、賢人の胸元でしっかりと両手でつかみとられ、静止する。
賢人のもとにボールが確実に受け止められた瞬間、周りから罵声のようなヤジが投げられ始める。
「おいっ、パス出せ!」
「走れ!」
「止まんな、止まんな!」
ボールを持ったまま棒立ちのカモに、敵が畳みかかってくる。我先にゴールを決めたい、自分だけでいいからかっこいいプレイがしたい、それぞれの思惑が一つしかない餌へ魚のように群がってやってくる。
いくら群れでやってこようが、ガタイがいいやつだろうが、バスケが上手かろうが、賢人は表情一つ変えず、微動だにすることなく周りを見渡す。
――そんな大勢で来たら、お前ら自陣の守りが薄くなるんだよ。特にゴール下。頭悪すぎ。前しか見れないイノシシかよ。
ボールを手に持ったまま敵をギリギリまで引き付けていく。
敵の手がボールに触れそうなタイミングで、目いっぱい真上にジャンプする。同時にボールを掴んでいる両手を胸元から頭上に挙げてシュートをする構えを見せる。
しかし、賢人が立ちどまっている場所はコートの半分のあたりで、プロバスケ選手でもハーフコートからのシュートは難しい。
勢いよく飛躍した賢人の足は、頂点に達すると地面へと逆戻りを始めだす。いまだボールは頭上で手に持ったまま。
不可逆的に地上へ着地する寸前、彼の頭上にあったボールは勢いよく地面に向かって振り下ろされ、敵の足元へと大きな音を立てながら叩きつけられ、体育館中に響き渡る。
人の腕力と、重力加速度という心強い味方を付けたボールは、イケイケ男子のケツ穴の真下で力強く弾む。ゴムの反発が加勢することで、より勢いよく重力に逆らって上昇していったボールは、どの足よりも速くゴールへ向かう。
ボールの高さがリングの高さを通り越して頂点に達し落ち始めるころには、落下を予測した味方が、誰よりも早く手中に収めようと全力でゴールの方へ走り出していた。
ガラ空きのゴール下、我先に走り出した味方のシュートを遮る者などいない。
賢人の無造作なパスを受け取った味方は、そのまま素早くゴール下へ向かい、不器用で大胆なレイアップシュートで得点を決める。
賢人のパスは一見、運動音痴のかっこ悪いパスがたまたま上手くハマったとしか誰もが思っていたが、あれが最低限の力で、敵と悶着を起こさずにやり過ごす、最善の方法であったのであった。
そのあとも両チーム均衡な戦いをしたが、あと少しのところで賢人のチームが負けてしまう。
悔しがる味方の生徒の中からかすかに聞こえるひそひそ話。 誰のことを言っているのかは、察しが付いているようだが、あえて耳を澄まし始める。
「あいつと同じチームじゃなければ勝てたでしょ」
賢人は体力を消耗することなくご満悦な表情をしながら、教室に向かって歩いている彼は心の中でこう答えた。
――わっかる~~
ようやく訪れた放課後。
賢人も一応は卒業を控えた三年生。私立志望の生徒で”合格”の二文字を貰った
生徒は、ここからは自由の時間。賢人もその例外ではない。
――帰宅部の活動、始めま~す。
足早に教室を去り、外靴に履き替えるために昇降口に向かい、自分の下駄箱を開ける。
靴がない。
何かを言われることは今まであったが、物を取られるというのが初めてだった彼は、少し考える。
――さて、どうやって帰ろうか。
何かないかとカバンの中を探る。靴の代わりになりそうなものは見当たらない。頼りになりそうなものは、通学時の防寒対策で身に着けている毛糸の手袋だけ。
「手袋だけあれば十分か。」
物陰からクスクス笑う集団を傍目に、賢人はこの世の天と地を自力で逆転させる。
―手は地へと着き、足は空を仰ぐ。―
軽々と逆立ちをした状態で校舎を出ていくまるで能力者。傍から見れば変質者である。
クスクス集団は、ゲラゲラ集団へと変わり、堂々と賢人の後ろを歩き付きまといを始めだす。
校門を出たところで、集団の一人のリーダー格と思われる男子生徒が"空"を歩く彼に話しかける。
「お前、家までそれで帰るんか。」
「そ...そうだけど......」
「お前、アホじゃねえの。ふはは。悪い、俺らが悪かったー。」
賢人の人間技を超える行動に少し目を丸くした後、ㇷ゚フっと吹き出し大声で笑い出す。
リーダー格の男子生徒は、体の後ろに隠していた靴を持ち主へと返そうと、少しかがんでから地面に置いた。
賢人は地面についている手を、反動をつけるように少し曲げ一気に伸ばす。その勢いで彼の体の天と地はあるべき向きへ戻りだす。
スポッ
足が地に着くころには、靴下だけたった足は刀が鞘に収まるように、靴の中にきれいに収まっていた。
「ありがとう……」
うつむくように軽く頭を下げると、人間らしい二足歩行をしながらこの場を立ち去っていく。
獲物が逃げていく様をみて、グループの一人が大きな声で、訴えかけるように叫んだ。
「おい、あいついいのかよ祐司!!」
「ほっとけほっとけ。あいつ結構、面白いやつかもな。」
周りの手下の生徒たちは、リーダー格の祐司が言ったことに対して、理解できない表情をするが、そんなこと気にしない様子で、祐司はご満悦の表情で言葉を続けた。
「もうあいつにちょっかい掛けるのやめるわ。お前らもすんなよ。」
「「「分かったよ」」」
「ふぅー、いい運動になった。」
賢人も久しぶりに体を動かし、こちらもご満悦の様子である。
家に着くと制服を脱ぎ捨て脱衣所へ向かう。少し汗をかいた体を、シャワーを浴びてリフレッシュさせる。
浴室からでて部屋着を身にまとうと、キッチンへ向かいポテトチップスとコーラを手に取って自室に向かった。
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