第56話 証人尋問(1)

 裁判といってもマキの言い分を確認するだけのものだと思っていた烏丸は、証人として連れて来られた吊り目の少女を見て大きく動揺していた。




 何故あの娘が?! ……まさか、既にマキとの関係がバレているというのか??!!




 背中に嫌な汗が伝い慌てて冬至を見るが、その表情から何を考えているのかを読み取ることは出来ない。




 いや、落ち着け、バレている訳が無い……。マキは妹には私との関係を話していないと言っていた。




 焦燥感に駆られながらも、何とか気持ちを落ち着かせようと自分自身にそう言い聞かせる。


 しかし、震えながらも気丈に証言台に立った少女の口から語られたのは予想に反した言葉だった。




「……熱に魘された兄は、その方をアスマ様と呼んでいました……。兄は生活の為に、アスマ様の駒となって危険な仕事を請け負っていたのです。


 ……兄のしたことは、決して許されることではないと思います……。でも! これは兄一人が画策したことではありません。真の黒幕は兄に汚れ仕事をさせている雇い主のアスマ様なのです!!」




 マイカの口から発された という名前に会場がどよめいた。皆の視線を一身に浴びることになった烏丸はギロリとマキを睨む。しかし、被告人席の青年も皆と同様に目を丸くして驚愕の表情を浮かべていた。




 ……チッ、あの小娘……早々に消しておくべきだったな。




 忌々しげに目を細めてマイカを見つめながら烏丸は唇を噛む。妹のことをチラつかせばマキをコントロールしやすかった為、生かしておいたのだが……。五年前に命を助け、その後の生活を保障してやった恩を仇で返されたことに強い憎しみが込み上げてくる。




 更に、マイカの後に証言台に立った全く見覚えの無い若い夫婦から語られた内容も衝撃だった。




 足柄領に出向いたところを見られていたとは……。




 烏丸は苦々しげに、今は亡き足柄孝治の顔を思い浮かべる。足柄領の前領主は大層厚かましい男だった。派遣した従者では取引に応じず「契約したい本人が来ないと話はしない」なとと抜かしたのだ。


 仕方なく出向いて相応の報酬を与えると、直ぐにヘラヘラと媚びへつらってきた。どうやらその時のやり取りを目撃されていたらしい。


 裏取引に応じた後も何かと理由をつけて取引額を上乗せしようとしてきたり、横領罪やその他の罪で投獄された後も身の程を弁えず「取引のことをバラされたくなければ牢獄での待遇を上げろ」などと迫ってきたりする横暴さ……。


 数々の目に余る行為に耐えかね、マキに命じて始末させたが、何処までも不快な奴だと無性に腹が立ってくる。心の中でありったけの悪態を吐きながら烏丸は無意識の内にガリガリと自身の爪を噛んでいた。






「まさか貴殿の名前があがってくるとはな……。何か言いたいことはあるか?」




 皇帝の咎めるような声に、焦る気持ちに拍車がかかる。流石にこの状況は不味い……なんとしても挽回しなければならない。




「お言葉ですが殿下……これまでの証言は全て、全く身に覚えがございません。これは私を陥れようとする者によって画策された茶番にございます」




 恭しく頭を下げながらそう告げると、烏丸はキッ! と鋭い視線で冬至を睨む。




「まず、その娘の証言は兄の罪を軽くしたいが為の嘘でしょう。私はその男とは何の関係もございません。


 足柄領の件については、その者達の見間違いではありませんか? 先程の話によると、通りがかりにチラッと見かけただけのようですし……。第一私は足柄領を訪れたことはございません。疑われるのであれば通行記録をご確認下さい」




 足柄孝治には自分が領地を訪れた痕跡を消しておくよう指示を出していた。勿論調べたところで通行記録が見つかることは無い。




「証拠も無い証言に耳を傾けるなど時間の無駄でしか有りません。それよりも、被告人本人から本当はどうだったのかを聞いた方が早いでしょう」




 大丈夫、ボロは出ていない筈だ。所詮あいつらの証言には何の証拠も無い……。後はマキ本人に罪を認めさせ、この茶番を終わらせるだけ。


 全く! 地位を手に入れた暁には、この裁判に関わり、私に手間を取らせた全員に痛い目を見させてやる……!!!




 怒りで瞳をギラつかせる烏丸が「さぁ、被告人尋問を!」と叫ぼうとした刹那——「失礼致します」と声が聞こえ、現れた人影に皆の視線が集中した。


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