第57話 証人尋問(2)




「なっ……何故お前が??!!」




 中庭に現れた人物を見て、烏丸が分かりやすく狼狽えた。思わず声が出てしまった口を慌てて噤むと、眉間に深い皺を寄せて険しい表情になる。


 その視線の先には、冬至と同じ親衛隊の軍服を着た帝都人材紹介所副所長である沖恒紫苑おきつね しおんと、小太りな男性の姿があった。



 紬は不躾にならないように気を付けながら、紫苑の後ろをちょこちょこと歩く男を観察する。その顔に見覚えは無いが、小綺麗な身なりから貴族籍を持っているのだろうと想像がつく。




「到着が遅れてしまい、申し訳ございません。只今三人目の証人をお連れいたしました。夾竹桃の取引に関わっていた者です」




 男を従えた紫苑が証言台の隣で跪き、御前会議に参加している面々に向かって頭を下げる。小太りの男もそれに倣い、深々とこうべを垂れた。




「なっ、証人だと??!! お、おま……何を言っているのだ!! これ以上根拠のない茶番は不要!!! 殿下、こんなくだらないことは即刻終わらせて、早く被告人尋問を始めてしまいましょう!!」




 紫苑の言葉を聞いた烏丸が、急き立てるように証人尋問の中断を進言する。しかし、タエ婆をはじめとする参加者達の賛同を得られず、その訴えは却下されてしまう。




 夾竹桃の取引に関わっていた……? それじゃぁ、あの男性は行方不明になっていた第一皇子派の貴族ってこと……???




 既に烏丸によって消されたと思っていた人物が現れたことに、紬は目を丸くする。



 小太りの男は烏丸に物凄い形相で睨まれながら証言台へと向かった。最初は緊張の為か血の気が引いた青白い顔で恐る恐る周囲を見回していたが、やがて何かを決意したように前を見据えると、よく通る声で話し始める。




「黒羽家の当主、黒羽吉嗣くろば よしつぐと申します。我が黒羽家は曾祖父の代から烏丸家と親交があり、父の代で烏丸の配下に入ってからは亜須真様の下でお仕えさせて頂いておりました。


 私、……私は亜須真様から指示を受け、怪しい売人から夾竹桃の香木を入手し、商人の男にそれを流通させ帝都を混乱に陥れるよう話を持ち掛けました。


 というのも、亜須真様は以前より第一皇子殿下の後見人となって国一番の権力を手に入れるという野望をお持ちでございました。


 第二皇子派との内戦を画策し、その為に火薬原料の裏取引を進めて武力を貯えたり、今回のように夾竹桃の香木を流通させて帝都を混乱させようとしたり……権力を得る為に何らかの騒動を引き起こし、それを収めることで民衆の支持を得ようと目論んでいたのです!」





 所々で震えながらもはっきりと主張する黒羽に、烏丸が「ふざけるな!」と青筋を立てて怒号を飛ばす。




「貴様……黙って聞いていれば調子に乗りおって……!! 殿下、この者も私を陥れようと嘘を騙っているのです! 全く、業務を放棄して行方を眩ませていたと思ったら、このようなことを画策していたとは……」




 いい加減にしろよと言葉を切り、烏丸が厳しい言葉で反論した。しかし、黒羽も負けじと応戦し、烏丸の言葉を遮って声を荒げる。




「行方を眩ませたのは貴方が私を害そうとしたからでしょう!!!


 夾竹桃の香木を使った目論みが失敗したと分かると、紹介所へ向かわせた商人を殺害し、マキその男を使って私をも消そうとしましたね……! 足柄殿も、そしてその男も……貴方に都合の良いように利用されるだけされてこの様だ!!


 使い捨ての駒のように下の物を見限る貴方が天下人になるなど……これ程恐ろしく、認め難いことは有りません!!」



「ええぃ、黙れ! 黙れ! 戯言も大概にしないか!! 証拠もないことを好き勝手言いおって!! 貴様、この茶番が終わったら侮辱罪で裁きを受けさせてやるから覚悟してお……」



「証拠なら、こちらにございます」




 御所会議の場であることを忘れ、烏丸と黒羽が互いを罵り合う中、二人の間に割って入るように紫苑がスッと歩みを進めた。そして座敷と中庭を繋ぐ縁側の前で跪くと、懐から取り出した布切れをそっと広げる。




 ……????




 紬は身を乗り出してその中身を確認するが、黒っぽい何かが載せられていることしか分からない。紫苑を見下ろしていた皆が同じ感想を抱いたのだろう。眉が顰められる気配を察し、黒髪の青年が再び口を開く。




「こちらは、黒羽殿に提供頂いた爆薬でございます。聞けば烏丸様が裏取引で入手した火薬原料で作らせたものとのこと……。調査の結果、豊穣祭での爆発騒ぎで使用されたものと一致することが分かりました」



「……!?!? ば、馬鹿な! 何故お前がそれを?! それは屋敷の地下倉庫に仕舞って……」



「ほぅ……。烏丸邸の地下倉庫に爆薬が??」




 黒羽とのやり取りで冷静さを失っていた烏丸がうっかり口を滑らせた。その言葉を聞き逃さなかった冬至が鋭い視線で烏丸を見据え、言及する。


 紬をはじめ、会場にいる皆の視線が非難するように烏丸へ向けられた。第一皇子とその側近だけが「話が違うではないか!」と叫び、慌てふためいている。




「貴方の屋敷に衛兵を派遣して地下倉庫とやらを確認させましょう。証言が事実無根なのであれば、何ら問題有りませんよね? 


 ……あぁ、そうだ。全ての証言を確認し終えたので、烏丸殿の要望通り被告人尋問を行いましょうか。今ならきっと、彼も真実を話してくれるでしょうから」




 そう言うと、冬至は言葉を失ったままの烏丸に向かって不敵な笑みを浮かべた。



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