第55話 開廷
冬至の言葉に付き人の男が立ち上がり、その場で深く一礼をしてそそくさと退室する。どうやら証人を呼びに行ったようだ。冬至と烏丸のやり取りをハラハラしながら眺めていた紬はフゥ……と小さく息吐いた。
烏丸は直ぐにでもマキを処刑したかったようだが、冬至とタエ婆のおかげで何とか猶予が出来た。しかし、恐らくこの裁判が烏丸の悪事を暴くことが出来る最後の機会になるだろう。
ここで失敗すれば、彼の思惑どおり第一皇子の譲位が確実となり、その後見人となる烏丸が実質国を動かす力を手に入れることになる。
……もしそんなことになってしまったら……最悪だわ。
望まぬ未来を想像してまい、途端に背筋が寒くなった。先程烏丸が読み上げていたマキの罪状は、その全てが彼自身の罪でもあるだろう。地位や権力の為に犠牲を厭わず、これほどのことを実行してしまう、冷酷で独善的な男が統べる国が平穏なものになる筈が無い。
何としてもここで阻止しなくちゃいけないけど……罪を暴く為の証拠は集まったのかしら……?
紬はチラリと視線を移して冬至の姿を見やる。彼は今、タエ婆と共に皇帝の元で簡易裁判の段取りを説明しているようだ。
一連の騒動に烏丸が深く関わっていると判明したのは昨日の夕方だ。流華が動いてくれているとは思うが、この短い時間で烏丸を追い詰める証拠を集められるのだろうか……。
紬が悶々と不安を募らせていると、中庭から複数の足音が聞こえ、「失礼致します」という声が響く。
!!!!!!
視線を移すと、急遽実際される裁判の為に用意された簡易的な証言台の向こう側に、流華、マイカ、環、理絵が並んで登場し、一斉に跪いている。
「!!! マキ兄!!!」
その中でマイカだけが立ち尽くしたまま、近衛隊に捕らえられているマキを見て悲痛な声をあげた。堪らず兄の元へ駆け寄ろうとする少女を流華が腕を掴んで引き止めている。
妹の声を聞いたマキは、一切感情の無かった顔に驚きの表情が浮かべ、瞳を大きく見開いていた。そんな兄妹の様子を見て紬の胸が鈍く痛む。
「……では、裁判を始めよう」
皇帝が低い声で告げると、会場の皆の視線が冬至へと集まった。紬もごくりと喉を鳴らし、引き攣った顔で上司を見つめる。
「……それでは、私から。まず初めに、豊穣祭での爆発騒動、第二皇子殿下殺害未遂、毒物の密輸……近衛隊の捜査報告からも分かるように、これらの罪に被告人が関わっていることは疑いようの無い事実です」
鋭く告げられた言葉に「そんな……!」とマイカが小さく叫び、絶望の表情を浮かべた。被告人席で俯いているマキの肩がピクリと跳ね、眉間に深い皺が入る。
「……ここで審議したいのは、これら全ての犯行を本当に彼一人が行ったのか? ということです。
調査報告書にはそのように記載されていましたが、そう結論付けるのはいささか早急過ぎるのではないでしょうか?
まず、豊穣祭の爆発騒ぎは爆薬を用いて引き起こされたものです。この爆薬を彼はいつ、どのようにして手配したのでしょう? 彼が密輸を企ていたという毒物……夾竹桃についても同様の疑問が生じます。
また、彼は第二皇子を襲撃した時、近衛隊の制服を身に付けていました。模造品ではなく本物の制服です。その制服を一体どこで入手したのか……?
以上の事柄を明らかにする為に、証人の皆さんから話を伺っていきたいと思います」
そう言うと、冬至の視線が中庭で跪いている証人達へと向けられた。
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