第33話 収束(1)

 爆発が起きた参道は炎が屋台を飲み込んで大きなうねりとなっていた。消防団によって懸命な消火活動が続けられているが、その勢いは全く衰えていない。


 神殿からもぞくぞくと衛兵が派遣され、被害の拡大を防ごうと尽力しているが、豊穣祭目当てに非常に多くの人々が密集していたことが災し、今もなお地獄のような混乱状態が続いている。


 炎にのまれた家族や知人を探して泣き叫ぶ声や、大切な家財が燃えてしまう怒りや悲しみにくれる声が四方八方から飛び交い、誰もがこの世のものとは思えない惨状に打ちひしがれている。



 紬も衛兵に促され、放心状態のマイカの手を引いてなんとか安全な場所へと避難した。その後忍と合流し、三人で燃え盛る炎を言葉なく眺める。喫茶店に戻るべきかとも考えたが、この状況では店に戻っても出来ることは無いだろう。




「あ……狸と犬だわ」




 ぽつりと呟いた忍の視線の先を見ると、いつも何かと理由を付けて紬達の仕事を邪魔してくる近衛兵——綿貫と犬養の姿があった。


 環の一件以外でも頻繁に難癖を付けられて仕事の邪魔をされており、彼らはいつ自分達の仕事をしているのか? と正直疑問に思っていたが……。近衛三番隊の隊長と副隊長を務めているら二人は消防団に指示を出したり、負傷者の搬送にあたったりとそれぞれの役割に奔走している。しかし、一向に収まらない火災や狂乱する人々の対応に追われ、その顔には疲労の色が見え始めている。




 帝都はどうなってしまうんだろう……。




 住み慣れた街が燃えていくのをただ見ていることしか出来ない無力さが腹立たしい。だが同時に、爆発に巻き込まれなくて良かったと内心安堵している自分もいる。


 やるせない気持ちに押し潰されそうになり、紬は唇を噛んでマイカの手を握っていない方の拳を強く握り締める。







「午の方角に向かって、放水!!!」




 突如、神殿側から大きな声が響いた。その声は次々と的確に放水の指示を出し、時間を掛けながら燃えて広がっていた炎の勢いを弱めていく。


 数刻が過ぎて延焼範囲が狭まると、負傷していない人々にも消火活動に参加するよう声が掛かった。紬もマイカを救護班に預け、忍とともに指示された場所に移動してバケツリレーで水を運ぶ。




「第一皇子殿下が直々に現場に赴いて指示を出してくださったそうだ。本当にありがたい」


「近衛二番隊の烏丸隊長が第一皇子を説得したと聞いたぞ」


「あぁ、俺も見た。皇子殿下の側に控えて的確に助言されていた」




 消火活動中、事態の収束に至った経緯についての噂を耳にする。




「どうやら、第一皇子が出てきて騒ぎを収めてくれたみたいね」


「そのようですね」



 忍の言葉に紬は頷く。消防団や近衛兵でも中々収束させられなかった鎮静化が、あの指示によって空気が一変した。皇子の登場に人々が惨状の打開を期待し、近衛兵や消防団員達にも活力が戻った。その結果、事態は鎮静化しつつある。やはり皇族は凄いなと紬もその統率力に感心する。




「皇族なんて偉そうに座っているだけの存在だと思っていたが……。率先して我らを救う為に動いてくださるとは」


「次期皇帝は第一皇子殿下に務めて頂いたら良いのではないか?」


「確かに。第二皇子は自分の身を案じて神殿に籠っていたらしいぞ。民の一大事に保身に走る君主は必要ない」




 噂の内容は第一皇子への称賛から皇帝の後継争いへと移っていく。これが民意が動くということなのかと実感しながら、紬はもくもくと水の入ったバケツを運んだ。

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