第32話 襲撃(3)
室内を警護にあたっていた衛兵達は突然現れたマキを見て一瞬で臨戦態勢に入った。しかし、彼らが攻撃を仕掛けてくる前に俊敏な動きで襲いかかり、体術や睡眠薬で次々と意識を奪っていく。
少数精鋭で警護にあたっていた親衛隊員を全て伸したマキは、第二皇子が居るであろう部屋の奥へと進み、勢いよく襖を開けた。
……誰もいない??
連闘を覚悟していたが、部屋の中に衛兵の姿は無かった。窓のない部屋はまだ日中だというのに薄暗く、蝋燭の灯りがチラチラと揺らめいている。
辺りを警戒しながら慎重に足を踏み入れると、正面に設けられている帳台の御簾の向こう側に人影があることに気が付いた。
「……誰だ?」
御簾越しに低い声が聞こえる。皇子を一人にするとは随分と杜撰な警備体制だなと思ったが、自分が起こした表の騒ぎに衛兵が駆り出されているのだろう。
マキは質問には答えず、懐から徐に短刀を取り出す。鞘から引き抜いた刃に蝋燭の光が反射して妖しく光っている。
「お命、頂戴する」
こういった仕事は一瞬で終わらせるに限る。マキは感情の無い声でそう告げると姿勢を低くし、一瞬で御簾の前に移動する。そのまま乱暴な動作で簾を薙ぎ払い、第二皇子であろう人影に向かって一息に斬りかかった。
鍛え上げられた親衛隊員さえ反応出来なかった速度だ。皇宮育ちの貴公子に防ぐ術はない。一思いに皇子の首を掻き切って任務を終わらせる……筈だったのだが……。
……???!!!
マキが狙いを定めた筈の短刀は空を切り、先程まで目の前にあった人影が忽然と消えた。幻術を見せられていたのかと困惑して周囲を見回すと、背後から鋭い殺気を感じて身体が強張る。
「ッ………!!」
向けられた殺気に瞬時に反応し、鋭敏な動きで短刀を構えて振り向くと、キーンという金属がぶつかる音がして刃が交わる。
腕に伝わる衝撃に眉を寄せ、刀の主へと視線を移すと見目麗しい青年が飄々とした笑みを浮かべてこちらを見据えていた。
「お、お前は……」
予想外の事態に動揺して思わず声が漏れる。対峙している青年は驚愕するマキの表情をみて笑みを深め、ゆっくりと口を開く。
「あれ、おかしいなぁ……? 君は明後日まであの似非喫茶店で勤務する契約だったと思うんだけど。何故こんな場所にいるのかな?」
マキの短剣を軽々と受け止めている親衛隊服を着た青年は、妹と共に生活費を稼ぐために籍を置いている帝都人材紹介所の所長である冬至だった。
笑顔の裏から発される威圧感に気圧されたマキは、グッと腕に力を込めた反動で後ろに下がって距離をとる。
「その格好……うちからは黒服の制服しか支給していない筈だけど。一体どこで手に入れたんだい?」
冬至はマキの動きに動揺する様子もなく、笑みを湛えたまま淡々と尋ねる。答えるつもりの無いマキは固く口を閉ざし、目の前の青年を睨み付ける。
この部屋に第二皇子が居ないのは想定外だが、相手が誰であろうとやるべきことは変わらない。同じように目の前の男を倒し、皇子の居場所を探し出して殺害するだけだ。
しかし、そう頭では理解しているのに、何故か手先の震えと背中を伝う冷や汗が止まらず、思うように身体が動かない。黙ったままのマキに冬至が更に言葉を続ける。
「でも、派手にやってくれたねぇ。表で騒ぎを起こして警護にあたる衛兵を分散させるとは……。神殿の方が皇宮よりも侵入しやすいからなぁ。あんなに苦労して警護態勢を整えたのに……全部無駄になってしまったよ」
冬至が「はぁ……」とわざとらしく溜息をついた。そして背筋が寒くなるような、怒気を孕んだ笑みを浮べてマキを見る。
「まぁ、その辺の話は追々聞いていくとして……君は一体誰の指示でこんなことをしているんだい?」
相手の迫力に腰が引けてしまっている自覚がある。しかし、ここでしくじってしまったらあの方の野望が叶わない……。それに、この役目を果たすことが出来なければどのみち自分達兄妹に未来はないのだ。
「貴方にお話しすることはありません」
マキはごくりと喉を鳴らしてそう告げると、短剣を握る拳に力を入れ、冬至へと飛びかかった。
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