第26話 再会

 慌てて休憩室を飛び出してマキの後を追いかける。店内は相変わらず多くの人で賑わい満席状態だ。


 忍と別れて指示されたテーブルへ向かうと、髪型も服装もきっちりと整えられた実直そうな青年が「紬さん!」と立ち上がり、顔を綻ばせる。




「ご無沙汰しております! その節は本当にありがとうございました。」




 青年が明るい声で告げると、その向かいに腰掛けていた大人しそうな雰囲気の女性が席を立ち、一緒に一礼した。紬も慌てて頭を下げた後、青年へと向き直って口を開く。




たまきさん! お久しぶりです。帝都にいらしてたんですね」




 紬に会いたい客とは、約3ヵ月前に受けた裏仕事の依頼主である環だった。足柄領の役場で経理の仕事を続けている彼は、豊穣祭が執り行われる日程に合わせて帝都観光に来たらしい。




「折角なので皆様に挨拶しようと思って紹介所を訪ねたら、流華さんに紬さんがこちらに居ると教えて頂いたのです。その節はとてもお世話になったのに、挨拶もないまま領地に戻ってしまって……申し訳ありませんでした」




 そう言うと、環は申し訳なさそうに頭を下げる。




「いえいえ! そんなこと、気にしないでください! 私こそ任務を全う出来ず、すみませんでした……」




 負傷のため途中で離脱してしまったことを詫びれば、環は「とんでもない」と大きく首を横に振る。




「身を呈して告発文書を守ってくれたと聞いています。本当にありがとうございました。その……お怪我はもう大丈夫なのですか?」


「あ、怪我については完全に自業自得なので気にしないでください。このとおり痣も綺麗に消えました」




 傷が完治していることを伝えると、環は複雑な表情を浮かべながらもホッと胸を撫で下ろす。




「良かった。一生残るような傷になっていたらどうしようと気が気では無かったので……安心しました。


 あ、紹介が遅れましたが、こちら恋人の理絵りえです。僕達、この度婚約することになりまして……」


「理絵と申します。その節は環さんが本当にお世話になりました。紹介所の皆様のおかげでこうして無事に婚約を結ぶことが出来ました」




 環の紹介を受け、向かい側の女性が再び丁寧にお辞儀をする。嬉しい報告を受けた紬は手を叩いて祝福の言葉を掛ける。




「おめでとうございます! ご婚約されたということは、今回のご旅行は婚前旅行ですか……?」




 紬の問いかけに二人は顔を見合わせ、照れながら頷いた。なんとも微笑ましい光景だ。最近忙しすぎて荒んでいた心が浄化されていく気がする……。


 足柄領は前領主の孝治が投獄された後、先代領主の甥がその後を継いだらしい。新しい領主は聡明な人物で、元々領民が希望していた農業で収益を上げられる環境を整えてくれているという。自分の仕事が環や理絵の平穏に繋がったことを知り、紬は少し誇らしい気持ちになる。




「ちょっとあんた! いつまで油売ってるつもり?!?!」




 幸せそうな二人を眺めニコニコと微笑んでいると、突然肩を強い力で押され、身体がよろめいた。


 驚いて衝撃を受けた方向を見やると、銀トレイを手にした彩芽が恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。……彼女が真面目に配膳してる姿を見るのは初めてかもしれない。




 彩芽さんも一番忙しい時間帯に馴染みの令息と長時間話し込んでいた気がしますが……。




 理不尽な仕打ちに少々ムッとしてしまったが、客足が途絶えない店の状況を見ると、そろそろ仕事に戻った方が良さそうだ。




「ゆっくりお話ししたいのですが、本日はお客様が多くて……申し訳ありません」


「いえ、こちらこそ。仕事中にお時間をとらせてすみません。でも、お会い出来て良かったです」




 名残惜しい気持ちで仕事に戻らなければいけないことを謝罪すると、環が理絵と共に申し訳無さそうな表情を浮かべる。しかし、ふと真顔に戻り「最後に一つだけお耳に入れておきたいことが……」と声を潜める。




「何でしょう?」




 青年は首を傾げる紬の耳元に顔を寄せると、店内の賑わいに紛れてしまう声量で囁く。




「……孝治様が牢の中で亡くなったそうです」




 緊張の色を孕んだ声色で簡潔に告げられた環の言葉に紬は瞠目し、静かに息をのんだ。

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