第27話 混乱(1)
「亡くなった……?」
掠れた声で繰り返した言葉に、環がこくりと頷いた。
「僕も上司から報告を聞いただけなのですが、どうやら自ら毒を飲んだようなのです」
環の上司によると、足柄領の元領主である孝治は三日前の早朝、牢の中で冷たくなっているところを発見されたらしい。目立った外傷はなく、自死として処理される可能性が高いという。
この前の服毒死と似ている……?
紬は1週間に報告を受けた夾竹桃密輸の罪で捕えられていた商人の不審死を思い出し、薄ら寒いものを感じる。立て続けに発生したこれらの事件は偶然なのだろうか? それとも……。
「孝治様は横領の件について黙秘を続けていました。取り調べ中もかなり横柄な態度で全く反省の色が見られなかったと聞いています。
それが最近になって“証言したいことが出来た”と聴取に応じる姿勢を見せていたそうです。“金欲しさにとんでもないことをしてしまった”と反省の言葉も口にしていたらしく、近衛兵からは良心の呵責に耐えかねた結果ではないかと報告を受けたそうですが……」
3ヶ月間収監されていた孝治がどうやって毒物を手に入れたのか。この謎について捜査が始められたという。
「……こんなことを言うと罰当たりなのかもしれませんが、僕はあの男が自死したとどうしても信じられないのです。経理の仕事を通して彼の人となりを見てきましたが、良心の呵責に苛まれて自ら命を絶つなど……正直、有り得ません」
困惑しながらもキッパリと言い切る環を、紬は神妙な面持ちで見つめる。依頼に関わっていたこともあり、足柄孝治については定期的に流華から情報を共有されていたが、罪を犯した自覚があるのかと眉を顰めてしまうような報告ばかりだった。そんな男が、急に罪を悔やんで自ら命を絶つなど、本当にあり得るのだろうか……?
「「「「きゃあぁぁぁぁ!!!」」」」
紬が思考を巡らせていると、後方から耳を劈くような爆発音が鳴り四方から甲高い悲鳴が上がる。
衝撃につんのめってしまった身体を立て直して何事かと振り返ると、フロアの奥に備え付けられている使われていない筈の暖炉から勢いよく炎が上がっていた。
「おい、何をしている! 従業員は早くお客様を避難させろ!」
渡の鋭い声が店内に響き、辺り一体が蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。店内に充満する煙から逃れようと客たちが一斉に出口へ押しかけ、すし詰め状態になっている。混乱に陥った人々の悲鳴や怒号が多方向から飛び交う。
紬は環と理絵を避難誘導を始めた黒服に託し、自身は店の奥に取り残されて客の救出に向かう。
ガタンッ——。
暖炉近くの席で逃げ遅れていた壮年の女性がゴホゴホと咳き込んで床に崩れ落ちた。彼女の周囲にいる客達も呼吸を確保するためにとはくはくと口を動かしているが、逆に煙を吸い込んで苦しそうに呻いている。
この煙って……まさか……!!!!
最悪の可能性に思い当たった紬は、慌ててポケットから取り出したハンカチで自身の口元を押さえる。
「皆様、慌てずに姿勢を低く保って下さい! この煙を絶対に吸わないように! ハンカチや手で口を覆ってください!」
そして、出来る限りの声量で周りへ注意を促すと、倒れた婦人の元へと駆け寄った。
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