第25話 豊穣祭
爽やかな秋晴れの下、豊穣祭当日を迎えた。神事である豊穣の儀が執り行われる中央神殿へと続く通りは多くの人々でごった返している。
立ち並ぶ屋台からは食欲をそそる香ばしい匂いが漂い、あちこちから客を呼び込む商人達の大きな声や行き交う人々の歓声が聞こえてくる。
会場から程近い位置に店を構える「喫茶 明星」にも食事や休憩の為に多くの客が訪れ、紬たちは目まぐるしく対応に追われていた。
あまりの忙しさに本日ばかりは喫茶店本来の接客形式へ戻し、回転率を重視するよう指示が出ている程だ。
「はぁ……やっと休憩ね……」
朝から引っ切りなしに訪れる客を捌き続け、昼過ぎにようやく休憩をもぎ取った。紬は忍と共に椅子の背もたれに身体を預け、大きく伸びをする。
「こんなに忙しいんじゃ調査どころじゃないわね……。対象はこんな人目の多い時に動くのかなぁ?」
冬至からの指示を受け、接客がてらこの近辺で夾竹桃の取引を持ちかけていた怪しい男の情報を集めているが、未だ有益な情報は得られていない。忍の疑問も尤もだが、豊穣祭の賑わいに便乗して何かを仕掛けてくる可能性もある。
「……関係ないかもしれないけど、昨日お客様から気になる話を聞いたわ。特産物である火薬原料の取引が上手くいって領地がかなり儲かっているんですって。収入が増えたのは良いけど、更に利益をあげようと領主が不当労働を強いてきて困ってるって。おかしいよね。戦は起こっていないから国との取引量は変わっていない筈なのに……。
ちょっと前に依頼を受けた足柄領主の横領の件も、硫黄の取引で儲けたことが発端だったでしょ? なんか最近この手の話をちらほら聞くのよ……。何者かが秘密裏に火薬原料を買いまわって爆薬を作ってるんじゃないかって少し噂になってる」
「それは……気になりますね」
紬は神妙な面持ちで忍の言葉に耳を傾ける。火薬原料の取引は国によって管理されており、購入する場合は専門機関に用途や取引量を申告する必要がある。その申告をせず秘密裏に買いまわっているとなると、良からぬことを企んでいる可能性が高い。
足柄領の横領事件については引き続き近衛兵が捜査にあたっているが、足柄孝治は獄中で黙秘を貫いているらしく、硫黄の取引を持ちかけた人物は未だ特定されていない。夾竹桃の事件と関係があるかどうかは不明だが、帝都の外でも不穏な動きが続いているようだ。
「最近不穏なニュースが多いよね。献上品に夾竹桃が紛れていた件で第一皇子派と第二皇子派の派閥争いも激しさを増してるみたいよ。お互いが罪を擦り付け合っているって感じね。この事態を治めた方が次の皇帝に指名されると皆が息巻いるんだって」
皇族に毒を盛ろうとしたのは誰か——。皆が躍起になって犯人を探している。果たして真実は明らかにされるのか、それとも捻じ曲げられてしまうのか……いずれにせよ事態を治めた方が次の皇帝になることは確実らしい。皇宮には常に殺伐とした空気が漂っているそうだ。
「物騒な世の中ですね……。庶民には生きづらい」
紬は深い溜息を吐く。今のご時世では本業である運び屋の仕事をこなすこともままならない。実際、治安が悪化している所為で配送時間を短縮しなければいけないなどの不利益を被っている。給金にも大きく響いているし、早く諸々の騒動が解決されることを願うしかない。
「……休憩時間はとっくに終わっているが?」
二人でこれまで集めた情報を共有し合っていると、背後から咎めるような鋭い声を掛けられた。
ビクリと肩を震わせて振り返ると黒服姿のマキが無表情で扉にもたれ掛かっている。感情の無い虚ろな瞳が紬と忍交互に見据えた。
「この忙しい時に仕事をサボって余計なことに首を突っ込むことはお勧めしない。早く持ち場に戻れ。紬、お前に会いたいという客が来ている」
冷たくそう告げると、くるりと背を向けて休憩室を去っていった。
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