《閑話》 大雨の日の過ごし方(1)
「暇だな」
「うん、暇だ」
双子の岳斗と海斗が、所員の溜まり場と化している従業員控え室の長椅子にだらんと身体を預けながら呟く。
窓辺のロッキングチェアに腰掛け、植物図鑑を眺めていた紬も「確かに暇だ……」と心の中で同意した。
外へ目をやると窓ガラスを叩きつけるような横殴りの雨が降り続いている。今日は夜中までずっとこの天気らしい。
こんな日に配達なんて危ないからと、常連であるお客様方の善意で本日の依頼は全てキャンセルになってしまった。建物から出られない為、いつものように体術の稽古をつけてもらうことも出来ない。
「何サボってんの……? と言いたいところだけど、こっちも閑古鳥が鳴いてるわ……」
表で受付業務を担当している筈の忍が、溜め息を吐きながら現れた。どうやらこんな悪天候の中、仕事を探したり頼みに来たりする客は居ないようだ。
「源太ぁ、雨が一瞬で止む装置とか発明出来ねぇの?」
岳斗が怠そうに頭を持ち上げ、部屋の端に張られた天幕に向かって声を掛ける。竹と麻布で作られた簡易な作りだが、人目が気にならず、作業に集中するにはもってこいの空間らしい。
天幕の主は暫くだんまりを決め込んでいたが「なぁなぁ」としつこく声を掛けられることに嫌気が差したのか、布の隙間から面倒くさそうに顔を出す。
「お前らさぁ、俺を一体何だと思ってんの? 一端の発明家にそんな神のみが許される諸行をどうにか出来る訳無いだろ」
源太は「罰当たりなんだよ!」と語気を強め、普段は小動物のような可愛らしい顔を歪ませて双子を睨む。これが意外に迫力があって正直怖い。
「でもマジで何でも作れるじゃん!」
「こないだ作ってくれた小型の冷温庫、遠出する時に役立つって皆絶賛してるぜ?」
双子は源太の睨みに怯むことなく飄々と言葉を続ける。この冷温庫が出来てから野営の際に飢えることが無くなったと利用者達が口を揃えて褒め称えていた。
特に夏場は食べ物が傷みやすい為、食糧の持ち運びが難しく、現地調達が出来なければ断食ということが多々あったそうだ。冷温庫のお陰で食糧調達の負担が軽くなったと大変有り難がられているらしい。
紬は野営を経験したことが無いので、まだその恩恵を受けてはいないが、彼が開発した護身用具や便利グッズのお陰で、業務効率は格段に上がっている。何でも作れるというのもあながち大袈裟でも無い気がする。
「何度も言ってるけど、俺はこう見えて信仰深いんだよ。生活を便利にする為の発明なら喜んでやるけど、神領域を侵すようなことは絶対にやんないの。……っていうか、俺ら人間如きがそんなことやっちゃいけないの!」
いつの間にか天幕から這い出して来た源太が「分かるか?」と、ジトっとした視線で双子を見据えて詰め寄る。
「だいたい雨が降らなきゃ水不足やら食料難やらで大変なんだぞ。俺達がこうして生きていられるのは恵の雨のお陰なの。だから嘘でもそんなこと口にすんな」
淡々と双子を詰める源太を横目に、紬は忍と顔を見合わせ苦笑した。これはまた、長くなりそうだ。
双子が思ったままを自由に発言して源太を怒らせる。最早紹介所の日常的な光景だった。
源太はその庇護欲を唆る愛らしい見た目から、気が弱く大人しそうな印象を持たれがちなのだが……実際は強気で意外と気が短く、怒るととことん理詰めで責めるタイプの人間だった。
勘が鋭く、どちらかというと感覚で生きているタイプの双子とは相反する性格で、普段からこんな風に衝突する(双子が一方的に言い込まれる)ことが多い。
正直な意見が欲しいからと頻繁に発明品の品評を頼んでいるようなので、仲が悪い訳では無さそうだが……。
このようにスイッチが入るとあまりにも歯に衣着せぬ物言いで詰め寄る為、聞かされているこちらが居た堪れない気分になる。
紬と忍は再び顔を見合わせて頷き合うと、取り込み中の三人にバレないよう、こっそりと息を潜めて控え室から逃げ出した。
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