第12話 裏部門の任務(8)

 窓から差し込む陽光に照らされ、紬は眩しさに思わず顔を顰める。日差しから逃れようと身を捩ったところで、いつもと違う感触に驚いて飛び起きた。


 慌てて周囲を見渡すと、明らかに高級そうな寝台の上に寝かされていることに気付く。



 腰の辺りから聞こえてくる規則正しい寝息が気になって、恐る恐る掛け布団を捲ってみると、椅子に腰掛けたまま、寝台の上に顔を突っ伏して眠っている忍の頭があった。きっと一晩中様子を見てくれていたのだろう。


 自身の首元に手をやると、痣のある箇所に湿布が貼られており、手足に出来た傷にも包帯が巻かれている。



 紬がゴソゴソと傷の状態を確認していると、その気配を感じたのか忍が目を覚まし、勢いよく顔を上げた。



「紬!!?? あぁ……良かった!!! 具合はどう? 気分は悪くない? あなた丸1日眠ったままだったのよ!」



 怒涛の質問責めに耳がキーンとなり思わず顔が歪んだが、心配を掛けてしまったことを自覚し、甘んじて受け入れる。



「待ってて! すぐに先生を呼んでくる!」



 忍は慌てて立ち上がると、バタバタと大きな足音を立て、部屋を後にした。





*****




「うん、骨に異常はないみたいだね。この薬を塗っていれば痣もそのうち綺麗に消えるだろう。ただ、暫くは安静にしているんだよ」



 忍に腕を引かれ、強引に連れて来られた八雲は診察を終えた後、塗り薬を差し出してそう告げた。


 診察の様子を心配そうな表情で見守っていた忍は安堵の溜息を吐き、部屋の外で待機している流華に声を掛ける。




「先生、わざわざご足労いただいてしまって……すみません」




 八雲の指示に頷き、恐縮しながら礼を言うと、変わり者の医師は「気にしないで」と優しく微笑む。



「紬くんには普段とてもお世話になっていますから。寧ろもっと頼って貰いたいくらいですよ。 診察ついでに家政婦の派遣も頼めたし、本当に気にしないで」



 その薬も君が届けてくれた薬草で作ったんですよと、紬が手にしている塗り薬を指差してウインクする。



「それに……、僕はあんなに余裕のない冬至君を久しぶりに見ましたよ。 いやぁ〜貴重なものを見せて貰っちゃったなぁ」



 八雲が腕を組み、ニヤリと呟く。その意味が分からず首を傾げていると「まぁ、とにかく!」と流華が会話を遮るように手を叩いた。



「傷が残ったらどうしようと心配してたけど、綺麗に治るなら良かったわ。紬、頑張りは評価するけど、あまり一人で無茶をしないこと」


「はい。心配掛けてすみませんでした」



 流華に諭され、紬は素直に謝罪する。囲まれる前に追手に気付いていたのだから、人通りの多いルートに変更するなり、一度紹介所に戻って応援を呼ぶなり、危険を避ける選択肢はあったのだ。


 自分の判断で皆に迷惑と心配を掛けてしまったことを反省し、二度としないと心に誓う。



「分かってるならいいのよ。とにかく今は安静にして、早く傷を治してね」



 流華に両手でぐしゃぐしゃと頭を撫でられながら、紬は「はい」と返事をする。




「……そうそう、あの後ちゃんと告発文書は大審院に届けられたわよ」



 忍が口を開き、紬が気を失った後のことを話し始める。紫苑は岳斗、海斗共にあの後すぐに環を連れて大審院へと向かい、告発文書は無事に受理されたそうだ。



 審議の結果、告発内容の正当性が認められ、足柄領主である孝治は横領罪の容疑者として捕らえられた。


 横領のみならず、領民に不当労働を強いていたことや、ごろつきを雇って暴力行為を行なっていたことでも立件され、現在は重罪人用の地下牢に収容されているらしい。



 裏付け調査の結果次第だがその罪は重く、国外追放や、処刑の判決が言い渡される可能もあるそうだ。




 「一件落着したように見えるんだけど、足柄孝治に入れ知恵をした人間については謎のままなのよねぇ……」



 流華が神妙な面持ちで呟く。環は「孝治はある日突然羽振りが良くなった」と話していた。その為、誰か硫黄の横流しを支援した人物がいるはずだと踏んでいたが……中々尻尾を掴めないらしい。



「蜥蜴の尻尾切りみたいなものよ。容疑者は浮上するんだけど、なんか用意されているような小物ばかりなのよね……」



「まるで誰かに誘導されてるみたい」と忍が悔しそうに口をへの字に曲げる。この件については、引き続き調査するよう冬至から命じられているらしい。



「でもまぁ、環さんの依頼はこれにて無事完了。彼、紬に挨拶が出来なくて凄く残念がってたわよ? 文書を守って貰ったことを本当に感謝してると伝えて欲しいって」



 忍の言葉に、紬は依頼主だった生真面目そうな青年の姿を思い返す。自分が関わったことで、彼やその家族、恋人達に平穏な生活が戻るのだと思うと、傷を負った甲斐もあるものだ。



「いつか行ってみたいなぁ……」



 彼が命を懸けて守ろうとした領地はきっと素敵な場所なのだろう。忍の話を聞きながら、紬はまだ見ぬ風景へと想いを馳せた。

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