第11話 裏部門の任務(7)
「ぐわぁぁっ!!!」
紬を見下ろしていた大きな影が呻き声と共にぐらりと傾き、視界から消えた。状況が飲み込めずに固まっていると、先程とは異なる人影が真っ直ぐ紬に向かって近付いてくる。
刺客に嗅がせた痺れ薬の効果がもう切れてしまったのだろうか……? どちらにしろ絶体絶命の状況であることに変わりはない。紬は緊張した面持ちで人影を見据え、再び身を固くする。
「あぁ……遅くなってすまない」
え……??
頭上から降ってきた労わるような声に、張り詰めていた空気が緩んでいく。紬は呆けたように口を開いたまま聞き覚えのある声のする方を見つめる。
徐々に薄くなっていく煙幕の間から現れたのは、近衛兵とは異なるデザインの軍服を身に纏った冬至だった。腰に細密な装飾が施された刀を携え、いつもの飄々とした笑みを封印し威厳のあるオーラを放っている。
「なんで、所長が……」
ここに居るんですか……? と続けたかったが、激しく咳き込んでしまい言葉にならない。
苦しさで涙目になる紬を見た冬至は慌てて駆け寄ってきて、やや躊躇した後、壊れものを扱うかのように優しく背中をさすってくれた。
紬の呼吸が安定してくると、一瞬ホッと安堵するような表情を浮かべたが、その首にくっきりと浮かぶ指の形をした痣を見て、眉間に深い皺を寄せる。
「これ、どうしたの?」
先程巨漢に首を絞められた時についたものだろう。そう答えると、冬至は怒りを押し殺すように顔を歪めた。その表情に反して、ひどく優しい手つきで痣に触れられ、思わずびくりと身体が跳ねる。
「あの、私……追っ手を撒くのに手間取ってしまって......すみません……」
まんまと刺客に捕まって、忙しい所長の手を煩わせてしまった。紬は落ち込み、声を震わせながら謝罪する。与えられた仕事をこなせない所員など、ただのお荷物でしかない。
自身の不甲斐なさにギュッと唇を噛みしめていると、キャスケット帽越しにポンポンと軽く頭を撫でられる。
意外な反応に驚いて顔を上げると、冬至が困ったように眉を下げながら「いや、よく頑張ってくれたよ」と呟いた。その言葉を聞いて強張っていた身体からスッと力が抜けていく。
「「紬! 大丈夫か?」」
焦った声に名前を呼ばれ、ゆるゆると振り向くと、岳斗と海斗が一目散に駆け寄ってきた。
辺りを見回すと痺れ薬に悶えていた刺客達は捕縛され、地面に転がっている。紬を襲った男は気を失っているのかピクリとも動かず、紫苑に捕縛されている。
「悪い、俺達が近衛兵のつまんねぇ喧嘩を買っちまったから……」
紬を一人で向かわせることになってしまったと岳斗が顔を顰め、海斗と共に頭を下げる。
「感情に負けて優先順位を間違えるな。二度目はないよ」
謝罪する二人を冷やかに見つめ、冬至が厳しい言葉を掛ける。双子は深々と頭を下げながら「申し訳ありませんでした」と繰り返す。
「あの、そんな、そもそも私が上手く追っ手を捌けば良かった話で…….」
自分の失態を自覚しているのに双子だけが責められていることが心苦しくなってそう告げたが「そもそもの話をするなら、やっぱり二人が勝手な行動をしたせいだから」と返され、紬はシュンと項垂れる。岳斗と海斗も異論は無いようで、真剣な表情で冬至の言葉に頷いている。
「……まぁ、とにかく無事でよかった。危険な目に遭っても文書を死守してくれたことは評価しているよ。でもあとは紫苑達に任せて、紬は俺と一緒に戻って怪我の手当をしよう」
初めて任された裏仕事を役目を果たせず離脱する結果となり、紬は己の力不足を痛感する。安堵よりも悔しさが勝ってしまったが、足柄からの追っ手が捕えられた今、彼等に任せておけば告発文書は環と共に問題なく大審院に届けられるだろう。そう納得すると頭がぼーっとして次第に瞼が重くなってくる。
「「後は任せろ!」」という双子の声を遠くに聞きながら、紬はゆっくりと意識を手放した。
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