第7話 裏部門の任務(3)
「環氏が足柄領を出てから半日が経過している。追っ手は既に大審院周辺で待ち伏せている可能性が高い。各自役割をしっかり確認するように。環さん今一度これまでの経緯を確認させていただけますか?」
紫苑の言葉に環が頷き、口を開く。
「私は役場で経理を担当しているので、告発するまで横領の証拠を探っていることは悟られていなかったと思います。念の為地方裁判所に向かう前に、家族や恋人には遠戚を頼って領地を離れて貰いました。
結果的にその判断は正しかったようです……。裁判所は良心に従って公平な判断を下す場所である筈なのに、よりにもよってあの横暴な領主に抱き込まれているなんて……。
告発文書に目を通した裁判官はろくに調べることも無く、その場でこの告発は事実無根であると言い切りました。それだけでなく、私は偽証罪で拘禁すると言い始めたのです」
環は悔しそうに顔を歪め、きつく拳を握り締める。
「咄嗟に“まだ証拠はある”と伝えるとそれを持ってきたら再度目を通してやると言われ、その場は解放されました。恐らく横領の証拠を一気に潰してしまおうと考えたのでしょう。
裁判所に提出した文書は裁判官に取り上げられてしまいましたが、
環は手に持っていた革製の鞄の中から書類を取り出し、紫苑へと差し出す。
「内容を確認したが、この告発文書は信憑性のある内容だった。足柄領主の噂については元々耳にしていたし、奴の不自然な羽振りの良さにも納得がいく」
受け取った告発文書をパラパラと捲りながら、紫苑が続ける。
「証拠を取りに戻らせた筈の環氏が姿を消し、その家族や恋人までもが既に足柄領にいないとなると、流石に奴等も勘づくだろう。
己の権力が及ばない最上位の裁判所に罪を告発されてしまう前に、何としても環氏を捕え告発文書ごと握り潰そうと躍起になっているだろうな」
「……なんか、胸糞悪い話っすね」
岳斗が吐き捨てるように発した言葉に、海斗も顔を顰めて同意する。権力を持つ者が私利私欲の為に善良な領民の生活を脅かすなんて……。あまりにも身勝手な振る舞いに強い憤りを感じ、紬も岳斗の言葉に力強く頷く。
「奴の悪事はここで白日のもとに晒してやる必要がある。そのために岳斗と海斗は環氏を、紬はこの文書を守り無事に大審院へ送り届け、環氏の告発を見届けることが今回の任務だ。
道中、追っ手からの襲撃を受けた際は各々の今伝えた役割を優先するように」
紫苑の指示に双子と声を合わせて威勢のよい返事をする。どのような依頼でも自分の役割を全うすることに変わりはないが、紬に託されたこの告発文書に足柄領民達の行く末がかかっているのだと思うとより一層身が引き締まる。
丁重に受け取った告発文書は十数枚程の紙切れであるにも関わらず、やけに重たく感じられた。それを雨で濡れてしまわないよう丁寧に梱包し、愛用の帆布鞄へ仕舞い込む。
「源太から必要物資を受け取ったらすぐ出発する」
部屋に残っている全員が真剣な表情で頷いた。程なくして護身用具やおそらく警護に必要なのだろう紬が初めて目にする物資を両手いっぱいに抱えた源太が控え室の入口に現れた。
「え、ちょっと。何突っ立ってるの? 君達の為に役に立ちそうなモノをかき集めて来たんだから、ボーッとしないで手伝って」
小動物のように可愛らしくはあるが、どこか黒さを含んだ笑みを浮かべる源太に急かされ、荷物をまとめた紬達一行は流華と忍に見送られ、しとしとと雨が降り続く繁華街へと足を踏み出した。
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