第6話 裏部門の任務(2)


「皆様、初めまして。私は足柄あしがら領の役場にて経理を担当しているたまきと申します。自分は平民ですが、珠算の能力が認められ、前領主である敏治としはる様に、役場の経理担当として登用して頂きました……」


 

 環の話を纏めるとこうだ。2年前、当時の足柄領主であった敏治が亡くなり、その息子である孝治たかはるが後を継いだ。新しい領主となった孝治は一方的に税金を引き上げ、払えないなら働けと領民に不当労働を強いるようになったそうだ。戦争の無い世の中では足柄原産である硫黄の売値が下がっているため、数を採らないと儲けにならないというのが理由らしい。


 領民達の中には鉱業に代わって農業で生計を立てていきたいと考えている者も多く、農作業にかける時間を増やす為にも不当な労働は出来ないと何度も領主に嘆願していた。しかし孝治はそれを認めず、次第に反発する者を暴力で押さえ込もうとするようになった。


 用心棒として柄の悪いごろつきを雇い、反発する領民に対して見せしめのように過剰に暴力を振るい始めたのだ。環の恋人の両親も激しい暴力を受け、彼女の父親は今も意識不明の重体で入院を余儀なくされている。


「貴方は絶対に領主様に逆らわないで」と恋人に懇願され、領主の横暴を何とか耐えていた環だったが、金が無いからと領民には過酷な労働を強いていた足柄家がある日を境に突如羽振りが良くなったことに違和感を覚え、こっそりと金の出所を探ったところ、彼らが硫黄で儲けた金を横領している事実が発覚した。


 すぐに証拠を纏めて告発文書を作成し、地方裁判所に駆け込んだが、足柄家の圧力なのか「調査の結果横領の事実は無かった」と揉み消されてしまったらしい。


 横領の事実を掴んでいること孝治らに勘づかれており、命を狙われていること、また領主の悪政に苦しむ領民達の為にも司法の最高機関である大審院に直接告発文書を届けて領主を断罪したい。その為の手助けをして欲しいというのが今回の依頼内容だった。



「しかし、きな臭いねぇ……。足柄に入れ知恵した奴がおりそうじゃな。本当に双子と小娘なんかに任せて大丈夫かのぅ?」



 タエ婆が探るような目付きで双子と紬を交互に眺めた後、冬至、紫苑、流華へと視線を移す。遠回しに実力不足では? と喧嘩を売られた双子は「ムキーッ!」と眉を吊り上げた。



「その為に万全を尽くすつもりですよ。あ、そうだ、今回の任務の指揮は紫苑に取って貰う。本当は僕が行きたいんだけど、別件で忙しくてね。紫苑、よろしく頼むよ」



 冬至に指揮を託された紫苑は「御意」と胸に手を当て、恭しく頭を下げる。そして「俺達だけでも余裕っすよ!」と不満そうな声を上げる岳斗を背筋が凍るような鋭い目付きで睨み、黙らせた。



「足柄領主については、他にもちらほら良くない噂を聞いている。地方裁判所で訴えが揉み消されたことも気になるな……。


 流華と忍は今分かっている足柄領主の情報を整理してまとめてくれ。環氏には追っ手がついているだろうから、行動は早い方がいいだろう。


 生憎の天気だけど紫苑たちは出来るだけ早く大審院に向かえるように準備を進めて欲しい。源太はありったけの護身具を集めて。足りなければ出来る範囲で補充も頼む。では、みんな頼んだよ」



「「「「はいっ!!」」」」



 冬至の指示を受け、皆が自分の持ち場へと動き出す。紬も仕事の際に必ず着用しているキャスケット帽を目深に被り、源太お手製の護身用具が入った帆布鞄を肩から下げる。


 簡単だがこれで準備完了だ。紬は小声で「よしっ!」と気合いを入れると、無表情で自分を見据える副所長の元へと歩みを進めた。


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