第4話 帝都人材紹介所へようこそ!(3)


 「ちょっと、あなた達。 品のない会話が外まで漏れてるわよ」



 控え室の扉が再び開き、久しぶりの本業の気配に浮き足立っていた一同を咎める鋭い声が響く。皆がビクリと肩を揺らし、恐る恐る部屋の入口を見ると、男女問わず見惚れてしまうほどの色香を纏った美しい顔がこちらを睨んでいた。



「忍、受けると決まっていない依頼のことを憶測でベラベラ話すのは感心しないわね」



 青みがかった印象的な瞳が細められたまま、忍を見据える。綺麗な顔が凄むとかなりの迫力だ。忍は「ひっ!」と息を呑み、慌てて己の口を両手で塞いだ。



「る、流華るか様! す、すみません。久々の裏部門の依頼だったので興奮しちゃって、つい……」



 咎められた忍はシュンと眉を下げ、肩を落として謝罪する。顔や仕草は女性的だが、程よく筋肉のついた引き締まった身体に特有の気品と存在感を纏う見目麗しい人物−−樺山流華かばやま るかは、子爵籍を持つ樺山家の次男であり、帝都人材紹介所の情報部門を取り纏めている忍の上司でもある。


 異国出身の母親から譲り受けた老若男女問わず虜にしてしまう美貌に加えて、紬など足元にも及ばない程の高い女子力を有していることから、人材紹介所の面々(主に岳斗と海斗)から敬意を込めて「姐さん」と呼ばれていた。



 忍の言い訳を聞き「はぁ……」と溜息を吐いて、肩まで伸ばした蜂蜜色の髪をかき上げる姿も様になっている。憂うように伏せられた瞼と目元の泣き黒子が更にその色気を助長させる。母譲りの中性的な美貌と貿易業を営む父親から受け継いだ交渉力を武器に、帝都人材紹介所の広報兼折衝役も担っているそうだ。


 天に二物も三物も与えられることがあるのだなと、紬が怒っていても美しい流華の横顔に見惚れていた時ーー。

 


「……まったく。お前たちも、緊張感が足りん」



 低く呟かれた声と共に冷ややかな冷気を感じ、ふるりと無意識に身体が震えた。その声の主にいち早く気づいた双子が同時に絶望したかのような大袈裟な悲鳴をあげる。


 背中に冷や汗が流れるのを感じながら何とか声のする方向に顔を向けると、苛立ったように殺気を放つ美丈夫が流華の背後から双子を見据えていた。



「ちょっと紫苑しおん、流石に威圧しすぎよ。みんな萎縮しちゃってるじゃない」



 流華が振り返り、眉間に深い皺を寄せる青年に向かって呆れたように声を掛ける。



 強烈な威圧感で場を圧倒しているこの美丈夫は、帝都人材紹介所の副所長を務める沖恒紫苑おきつね しおんである。伯爵籍を持つ沖恒家の嫡男であり、高い戦闘力を備えた機動部門を率いる剣技や武闘に優れた実力者でもある。


 どんな場面でも感情を殆ど出さず、冷静に振る舞うため冷たい印象を受けるが、鍛え抜かれたた体躯と切長の目、真っ黒な髪をきっちりと後ろに流して固めた威厳のある容姿がまるで舞台俳優のようだと年若い少女からマダムまで、多くの女性利用者達を虜にしていた。


 常に身に付けている銀縁眼鏡から感じられる知的な雰囲気も人気の一因らしい。紬からすると彼の冷たい雰囲気を増長させていて正直怖いのだけなのだが……。




「まぁまぁ、それぞれお説教は後にしよう。みんなちょっと集まって貰えるかな?」



 紫苑の背後からにこやかな笑みを浮かべた背の高い青年が現れ、部下を睨む二人の肩を叩く。


 紫苑は一瞬ピクリと眉を動し、流華は「はぁ……」と再び脱力して溜息を吐いたが、青年は笑みを湛えたまま気にする様子もなく、皆に中央のテーブルへ集まるようにと指示を出した。



 この飄々とした掴みどころのない雰囲気を纏う青年が、若干26歳にして帝都人材紹介所の責任者を任されている人物である。皆に「所長」と呼ばれ慕われている彼は、孤児だった紬を拾い、衣食住を保障してくれた恩人でもある。


 しかし、比較的長い付き合いではあるものの、恐ろしく頭が切れることと、裏の仕事に精通していること、高等学院時代からの同級生である紫苑や流華から「冬至とうじ」と呼ばれていること以外、その素性は殆どが謎に包まれていた。



 艶やかな小麦色の髪に、珍しい榛色の瞳。彼もまた女性から大変人気があるようだ。紫苑とは対象的に誰に対しても笑顔を絶やさない余裕のある対応とそれを傲慢に感じさせない気品溢れる佇まいから、おそらくとてもの貴族なのだろうと想像している。


 忍や双子達も冬至の素性について詳しい情報を持ち合わせていないらしく、彼のファンを自称する女性達に囲まれて質問攻めに合い、殆ど答えられずに困り果てている姿を何度か見たことがあった。



「さて、みんな揃って……ないね。源太げんたはどこにいるのかな?」



 各々が控え室の中央に設置された机を囲んで席に着いたところで、冬至が全員を見回して尋ねる。紫苑に目線だけで指示を受けた岳斗と海斗が立ち上がり、部屋の隅から毛布にくるまっているを抱えて戻ってきた。

 


「ふわぁぁぁぁ……。一体何だよ? せっかく気持ち良く寝てたのに」



 双子に抱えられたがモゾモゾと動き、毛布の間から小柄な少年が顔を覗かせた。ウェーブがかった癖のある髪の毛に埋め込むようにおかしな形をしたゴーグルを付け、煤だろうか? 小動物のような可愛らしい顔に、所々黒い汚れが付着している。



「ちょっと、源太。ここで寝泊まりするのは辞めなさいって言ってるでしょ?」



 汚れた手で眠たそうに目を擦る少年に向かって、流華がジトっとした視線を向けた。悪びれる様子もなく「はいはい」と空返事をしている彼の目元は案の定、汚れが広がって真っ黒になっている。



「家政部に頼まれた新しい洗剤を開発してたんだよ。早く完成させないとまた催促されちゃうからさ」



 流華から差し出されたおしぼりを受け取り、顔や手に付いた汚れを落とした後、目をシパシパと瞬かせながら源太げんたと呼ばれた少年が口を開く。


 丸顔に黒目がちの大きな瞳でこちらを見つめ、思わず菓子を買い与えたくなるような幼く愛らしい見た目をしているが、実際はとうに成人を迎えた立派な大人である。


 この存在自体が詐欺のような青年は、天才発明家として世間に名を馳せており、彼の発明した品々は紹介所の業務効率化に大きく貢献していた。


 紬が護身用に持ち歩いている煙玉や足止め液、痺れ薬などは全て彼によって開発されたもので、これらが支給されてから仕事で危険な目に遭う回数が格段に減っている。



「あぁ、炊事場の掃除用に強力なものをと要望が出ていたあれか。そちらも現場から急かされてるからね。宜しく頼むよ」



 冬至はそう言って微笑むと「さて」と落ち着いた声を発して皆へと向き直った。今この机を囲んでいる8名が紹介所の正規メンバーである。


 帝都人材紹介所は前任者から運営を引き継いだ冬至、紫苑、流華の見目麗しい華やかな幹部陣と、労働者にもれなく支給される源太の便利アイテムが評判を呼び、今や帝都一番の登録者数を誇る紹介所へと成長を遂げていた。

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