第3話 帝都人材紹介所へようこそ!(2)
「ねぇ、みんな! 大きな仕事が入るかも!!」
上倉邸への配達を終えて帝都人材紹介所の従業員控え室に戻った紬がぼんやりと窓の外を眺めていると溌剌とした声と共に勢いよく扉が開き、可憐な少女が嬉々とした表情で駆け込んで来た。後頭部で結ばれた髪の束がピョンピョンと彼女の心情を表わすかのように軽やかに跳ねている。
「「何だよ
やや興奮気味の少女に向かって異なる場所からぶっきらぼうな声が飛ぶ。1つは部屋の中央にある長椅子から、もう1つは入口から遠い壁際に設置されている安楽椅子から発されたものだ。
そこにはそれぞれ栗色の髪を短く刈り上げた見た目も声色も瓜二つな青年が、二人して行儀悪く足を投げ出し、寝転がるような姿勢で寛いでいた。
大きな出窓に設置された長椅子に腰掛け、しとしとと降り注ぐ雨を恨めしそうに眺めていた紬も、ぞんざいな態度をとる青年達を順番に眺めた後、現れた少女へと視線を移す。
「何よぅ。久しぶりに
「「裏部門って……
紹介所の受付業務を担当している忍の言葉を聞いた青年達は、同時にピンと背筋を伸ばし、椅子から飛び起きる。
さすがは双子……相変わらず息ぴったり。
一連のやり取りを見て、他人事のような感想が頭をよぎった。午後に予定していた配達は悪天候を理由に全て取り消されてしまった。これが今月の給金にどのくらい影響してしまうのかという心配で先程から頭が回っていないのだ。
流石に先輩の話を聞き流すのはまずいと気を引き締め、再び忍へ視線を移すと双子が肩を並べて「詳細を教えろ」と小柄な少女にに詰め寄っているところだった。
「まだ依頼を受けるかどうかは分からないわよ。依頼者を所長のところに通してきた帰りなの。詳細もあんまり聞いていないけど、自分の警護を希望していたわ」
自身よりも数センチ背が高い双子から近距離で見下ろされているにも関わらず、忍は飄々と告げて肩を竦めた。そんな彼女に、双子の片割れが更にグイッと顔を近付ける。
「なるほど、警護希望ね。で、依頼者はどんな奴だったよ?」
青年からの圧は更に強まっているように見えるが、忍は特に気にする風でもなく人差し指を顎に当て「う〜ん」と考えるような仕草をとる。
「受付で少し話しただけだけど真面目そうな雰囲気の男性だったわ。いかにも文官って感じの見た目。背は高いけど細身だし腕っぷしは強くなさそう……。歳は所長達と同じくらいかな? 厄介事に巻き込まれているって言ってたから依頼を受けるなら
「なんだよ、よく分からねぇなぁ」
「まぁ、何にせよ所長、依頼受けてくんねぇかなぁ〜。最近立ってるだけの仕事ばっかでつまんねぇよ」
忍に異常なほど顔を近づけていた双子の片割れ、もとい
「私も久しぶりに本業の依頼をやりたいなぁ。ここ数か月ずっと紹介所に篭りきりだもん」
「あ゛? 看板娘ってちやほやされて、嬉しそうに受付嬢やってるじゃねぇか?」
「なによ! 利用者あっての紹介所なんだから接客に力を入れるのは当然でしょ? 分かんないだろうけど、受付嬢も意外と大変なのよ! だからたまには外に出て気分転換しないとさぁ~」
「……それ飽きてんじゃねぇの?」
忍の呟きを揶揄って双子が茶々を入れる。忍にキッと睨まれた岳斗が「おぉ、怖ぇ~」とおどけて海斗の背中の陰に隠れた。
目の前で繰り広げられるテンポの良い会話を自分には関係無い話だと早々に結論付けた紬は、再び今月の給金について思考を巡らせる。
裏部門の仕事とは、表立っては依頼出来ない所謂「裏稼業」を請け負うための特別メニューである。帝都人材紹介所では一般的な人材紹介業に加えて、要人の警護や諜報活動など国益のための裏仕事に携わる依頼や人材の紹介も請け負っている。
審査に合格した登録希望者は、通常業務と同様に能力に応じて部門分けが行われ、諜報活動を行う【情報部門】実戦を伴う【機動部門】依頼完遂のための雑務をこなす【補佐部門】のいずれかに分類される。
表向きは受付嬢として勤務している忍の本業は情報部門に所属している諜報員で、双子の岳斗と海斗は機動部門に戦闘員として登録されている。詳しくは知らないが時折大きな仕事を任されているようだ。
紬も一応補佐部門に所属しているが、幼い頃に両親を無くし所長に拾われるまで身寄りの無い孤児として生活していたため、教養も特筆すべき能力もない。そんな自分に危険の伴う裏仕事が回ってくることは無く……。通常求人の依頼を受けたり、紹介所の雑用をこなしたりすることで生活しているのが現状なのである。
「紬も大きな仕事やりたいよね?」
黙り込んでいた紬の元へ忍が駆け寄って来た。裏部門の仕事には守秘義務が課せられていることが多く、実際に誰がどのような仕事を担当しているのかは噂レベルでしか知り得ない。故に、彼女はまだ紬が裏の仕事をこなしたことがないことを知らないのだろう。忍の問いに何と答えるべきか迷って、曖昧な笑みを浮かべてしまう。
裏部門の仕事か。私の能力じゃ出来ることは少ない気がするけれど……。お給金がたくさん貰えるなら挑戦してみたいなぁ。
依頼の難易度や業務の貢献度に応じて別途支給される特別手当のことを思い出し、紬は静かに頷いた。
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