第30話 ラウルの告白と退場

「なぁ、イベントは回避できないのか?」

「いてて……。みたいですね。ボクも初めて知りました」

「他にも、サクラが抱えてるイベントってあるか?」


 今回は今までの記憶があったから何とかなったが、イベントを知らなきゃ何もできないのが現状だな。


 医務室から少し離れたところで、ラウルは首根っこをさする白うさぎを眺める。


「そういえば、まだ皆さんに話していない事があります」

「何だ? 今回みたいな事がないように教えてくれ」

「特別ルートが解禁されました」

「あ? 何だそれ?」

「ボクにもわかりません。ですが、『みんなで力を合わせて奇跡を起こして下さい』と、指示が書かれていたそうです」

「何だよ、それ……」


 特別ルートを解禁するように、俺達みんなが誰かに踊らされてたのか?

 奇跡って、イザベル達に魂を宿す事か?

 もしそれが現実になった時、いったい何が起こるんだ?


 新たな情報に混乱しながらも、そのもどかしさを目の前の白うさぎにぶつける。


「アゼツ、お前、何を企んでる?」

「へっ!? このルートに関してはボクもわからない事ばかりですよ!」

「そうか。なら、そろそろお前の事を話せよ」

「ななな、何の事でしょうか!?」


 まるで今にも食べられてしまいそうな程慌てた白うさぎが逃げないよう、素早く胴体を掴む。それに対して目を見開き、虚しく手足をばたばたさせる姿は、ただの力無い者にしか見えない。


「みんなで力を合わせて奇跡を起こすんだろ? だったらお前も協力しろよ」

「いえ! ボクの役割はナビなので違います!」

「はぁ? 魂のあるナビがただのナビ扱いだとは思えないけどな」

「え……、そんなはずは……。それならこれも、ボクの……」


 急に大人しくなった白うさぎの呟きの続きを促すため、ラウルは顔を寄せる。


「ボクの、何だ?」

「ひっ! 何でもないですー!!」


 ラウルの手中で、白うさぎが涙目になる。

 その時、背後に気配を感じた。


「ラウル、さっきから何をしているの?」

「イザベル? 何でここにいるんだ?」

「嵐の間は部屋にいるって言ってたサクラの返事がなくて。だから心配で、アデレード先生に報告したのよ。そうしたら、きっと医務室にいるはずだと言われたから来たのよ」

「そういう事か。サクラは今、リオンと一緒だ。最近リオンの具合が悪くて、ついに昨日ぶっ倒れた。それをたまたま、サクラと学園長と一緒に見付けたんだよ。俺は何かあった時の為に夜通し医務室でリオンの様子を見てて、もう話す事もないから出てきた」


 まだ白うさぎに用はあるが、イザベルがいるのでこれ以上は無理だと判断し、ラウルはアゼツを解放する。


「ボク、サクラのところに戻ります!」


 白うさぎを一瞥すれば、彼はぶるりと身を震わせ姿を消した。


「そんな事があったのね。それにしても……、ラウルが耳を戻してから2人だけで話すの、初めてよね」

「そうだな」


 昔を思い出せば、小さな頃の姿が脳裏に浮かぶ。だけどもそれ以上は何もわからず、ラウルはよくわからない罪悪感から逃れるようにイザベルから目を逸らした。


「あのね、決闘だけれど、ラウルがその耳に戻したらするつもりだったのよ」

「そうだったのか」

「本来の自分を受け入れてこそ、本当の力が発揮できる。私はそう思っているから」

「俺も、今ならそう思える」


 どんな見た目でも、俺は俺だって、教えられたからな。


 サクラの言葉を思い出し、口角が上がったのがわかった。


「ラウルが自分の姿を誇れるようになったのは、サクラのおかげでしょう?」

「何でだ?」

「4日前、サクラと2人でどこかへ行ったでしょう? そのあとじゃない。その耳になったのは」


 誤解されたか?


 そう思いながらも、別に大した問題じゃないかと、ラウルの心は穏やかなままだった。


「ゲームの今後について話してた。その時いろいろあって、自分の耳はこれでいいって思えた」

「ふふっ。やっぱりサクラは不思議な子ね。主人公だからかしら?」


 楽しげに目を細めながら、イザベルがいつものように赤毛をかき上げる。


「だからね、決闘はしない。サクラが私達の為に頑張っているから、それに時間を費やしたい。何より、私が手加減できなくてラウルが動けなくなるかもしれないし」

「それは言い過ぎだろ。ま、どうにかしなきゃ、決闘も何もないからな」


 遠くからガヤガヤとした音が聞こえ、ラウルは耳をそばだてる。


「あら? リオンに会いに来たのかしら?」


 音の方へ顔を向けるイザベルの横顔を見つめるが、親愛以上の感情は浮かばない。

 だからか、ラウルは自身から消えゆく想いを口にしていた。


「俺はずっと、イザベルが好きだった」

「いきなりどうしたの?」

「だけど今は、家族のようにしか、思えない」

「そんな事、言われなくても知っていたわよ」

「は?」

「ラウルが私に向けてくる感情はただの憧れ。身近な存在だから気持ちが混同していたんでしょう?」


 これは、イザベルの本心なのか?

 それとも、決められた台詞、なのか?


 最近どうにもよくわからない事が増え、思わずこめかみを押さえる。


「まぁ、好きだと言われて悪い気はしないけれど、ラウルが本当に好きなのは誰かしら?」

「誰もいねーよ」

「あら? ラウルが変わるきっかけを作ったサクラの事はどうなの?」

「サクラ?」


 サクラの事を考えるとよくわからなくなるが、友人としては好きだ。

 あいつ、本当に病人なのか?

 普通なら自分の病気を治してって願えばいいのに、みんなが納得する願いを見付けるって、何なんだろうな。


 思わず笑い声をもらせば、イザベルもつられたように笑い出した。


「ラウルはサクラが好きなのね」

「友人としてな」

「あら?」

「何だよ?」

「ふふっ。気にしないで。私もね、サクラが好きよ。ちっちゃいのにいつも頑張っていて、守ってあげたくなる」

「あー……、俺も同じ気持ちだな」


 あれだ。

 サクラは小動物みたいで庇護欲が湧くんだな。


 友人に対する想いとは違う感情の正体がわかり、ラウルの気が楽になる。

 すると、イザベルが窺うようにこちらを見た。


「ラウルはわざわざ外にいてあげてるのよね? でもそろそろ、サクラに会いに行ってもいいかしら?」

「あー……、悪いな、気を遣わせて」


 そうイザベルが話し終えれば、角を曲がってきた男共の姿が現れる。


 リオンとサクラが話せる時間は作ったし、いいか。

 これであの姿のままなら、俺はもう知らん。


 自分と同じく、本来の姿を隠し続けた友人を思い浮かべながら、ラウルも歩き出した。


 ***


 医務室の中にぱっと姿を現したアゼツに驚き、サクラの涙が引く。


「サクラー!」

「どうしたの、アゼツ?」

「ラウルがボクを押さえつけて無理やり……」

「ラウルが? 2人は何を話してたの?」


 涙を拭うように、もふもふの手を目元に当てるアゼツの様子にサクラは戸惑いながらも、ふわりとした白い毛で覆われた彼の頭を撫でる。


「えっと、イベントについて話していて、ボクが何か企んで――」


 そこまで言いかけて、アゼツが飛び跳ねた。


「いえっ、何でもないです! ボクはラウルと特別ルートについて話してただけです!」


 サクラとリオンの頭上にいるアゼツを見上げれば、白い翼をばさばさと音を立てながらはためかせ、慌てているのが丸わかりだった。


 もしかして、ラウルはアゼツの秘密を聞き出そうとしたのかな?


 たぶんそうだろうと予想し、サクラは気付かぬふりをした。


「特別ルートとは何でしょうか?」

「話してなくてごめんね! でもね、これが女の子達にも魂を宿せるルートかもしれないんだ!」


 不思議そうな顔をしているリオンに対し、サクラは興奮気味に伝える。

 

「そんな都合の良いルートが――」

「リオン、無事……って、リオンの素顔、初めて見た!」


 リオンが何か言いかけた時、医務室の扉が開き、クレスの楽しげな声が響いた。


「ラウル同様、さっぱりしたようだな」

「あぁ、そうですね。あなた達には感情がわかりますから、隠し事はできませんね」


 クレスに続いて顔を覗かせたキールの言葉に、リオンは困り顔で微笑んでいた。


「ずっと気になってたんだけど、感情がわかるってどういう風に?」

「ぼくは色でわかるよ!」

「自分は音のように聴こえる」

「そろそろ僕も通してくれる?」


 サクラの質問に答える双子の後ろから、ノワールが呆れ顔で声をかけていた。


「ごめん! でもさ、リオンの素顔だよ? びっくりじゃない!?」

「本当に、驚きだよ」


 ようやく中に入れたノワールがリオンを真っ直ぐ見つめ、笑みを深めた。


「君はここで退場じゃなかったっけ?」

「サクラのおかげで初めて退場しないようです」

「そうなんだ。じゃあ感謝しなきゃね、僕らの姫君に」

「サクラは誰のものでもありません」


 急に険悪な空気になったが、サクラは気になった言葉を口にした。


「退場って?」

「そうか。サクラは知らないのか。リオンは血液不足で夜な夜な徘徊し、食堂で倒れるのだ。そこまでするのなら飲めばいいものを、我慢をしすぎて体に変調をきたし、外の専門家の元へ連れて行かれる。その出来事が何故か、学園の七不思議の1つとして噂されるようにもなる。これがいつもの流れだ」

「そうだったの!?」


 淡々と説明するキールの話の内容に驚きすぎて、思わずリオンに詰め寄る。


「はい……」

「何でもっと早く言ってくれなかったの!?」

「怖がらせると思いまして……」

「リオンがいなくなる方が怖いよ!!」


 気まずそうに目を伏せたリオンから好感度の上がる音がすれば、クレスがサクラの肩を叩いた。


「ねぇねぇ、ぼくがいなくなってもそんな風に言ってくれる?」

「えっ?」

「クレスの場合は自業自得だ。今回初めて課題を終わらせたのだが、今までは夏休みに遊び呆けて課題に手を付けなかった。そのせいで放課後に追加授業を受けるはめになり、自由時間がなくなる。自分が見張り役になるから、こちらの時間もなくなった」

「それって、2人に会えなくなるって事?」

「いつもはな。それを言うならラウルもだ」

「ラウルも?」


 だんだんと雲行きが怪しくなり、サクラは眉を寄せっぱなしになっていた。


「ラウルのきっかけはわからないが、突然姿を消す。その後どうなったのかはわからない」

「何それ!? それっていつ頃!?」

「新学期が始まってすぐだ」

「もうすぐじゃん! どうにかしなきゃ……、何かヒントはない!?」


 ラウルの身に何か起こるの!?


 焦りすぎて、サクラはキールの黒のローブを握りしめ、引き寄せるように問いただした。

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