「ルルの赤い手」part10

「トール、おはよう。元気か?朝飯にするか?顔を洗うか?歩くときはわたしの肩に手を置け。歩くのが辛かったら背負うから遠慮なく言え。必要とあらばトイレの世話もしてやる。弟の面倒を見ていたから恥ずかしがることなどない!なにしろ、わたしはお前の下部しもべだからな」

「もう自力で歩けるっての」


 起きたての脳に情報過多。



 死にかけた翌朝、俺は自室のベッドで目を覚ました。初めは腰が痛くてまともに動けなかったが、リーフが山に入ってハーブだか薬草だかを探しお手製の湿布を用意してくれたおかげで夕方には自力で歩けるようになった。近所にそんな便利なものがあったとは。

 彼女の触診の結果、骨に異常はなくどちらかというと倒れたときに腰を打ったのが痛みの原因だろうとのこと。位置的に見えないけどあざができているらしい。また、俺は腰骨が鳴りやすい体質なのではという話だった。それでもみんなにずいぶん心配をかけてしまった。


 リーフの見立てではルルが手を回していた位置がちょうど良かったらしい。ルルがもう少し上の方に手を回したり俺の背が低かったら、圧迫したのは肋骨で確実に折れていたとか。恐ろしい話だ。

 そして更に一日が経過。もう問題なさそうなのに今朝もルルはベッド脇で俺の目覚めを待っていた。二日連続で朝一番にルルの顔が視界に入った。昨日は泣き顔、今は笑顔という違いがあるけど。

 まさか自分よりずっと小柄な女の子にベアハッグで殺されかけるとは。ドワーフは人間より腕力があるということを話していたけど、ここまで明確に俺より強いとかちょっとショック。


「お前にしもの世話までされたら羞恥心で死にたくなるわ」

「そうか、いつもよりゆっくり寝ているから、まだ調子が悪いのかと」


 アクビと共に体を起こしつつ時計を見たらここ最近では割と寝坊気味の時間だった。だが、彼女たちが来る前の感覚ではいつもどおりの起床時間だ。


「もともとはこのぐらいの時間に起きてたから、平常運転の範囲だよ。もしかして、もう飯の時間?」

「ああ。オリサは畑の見回りを終えているから、残りの仕事は洗濯物干しくらいだ」

「そんなら朝飯の後手伝うよ。まぁ、みんなの下着以外は」


 寝坊して働かないのは気分が悪い。


「そんなの気にするな。お前は休め」

「体の調子も戻ったし、何よりも……」

「?」

「俺は透。俺もお前の下部しもべだからな」


 不思議そうな顔をするルルの頭を撫でながら返礼をする。

 瞬間、そこには満面の笑みが宿った。


「そ、そうか!それなら手伝ってくれ!先に台所へ行っているぞ。早く着替えて来い。オリサに全部食われないうちにな!リーフのメシは今日も美味そうだ!!」

 大輪の笑顔の花を咲かせ部屋を出ていくルルに手を振って返事をし、窓を開けた。まだ少し違和感の残る腰を擦りつつ体を伸ばす。明るい陽光と澄んだ空気を浴びて深呼吸。

 また、新しい朝が来た。



第二章 「ルルの赤い手」

 完

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