「ルルの赤い手」part9
「なに?」
「お前、もしかして金属アレルギーじゃないか?」
「あれる?なんだ?」
「アレルギーわからないのか。体質って言えば良いのかな。特定のものを食べたり飲んだり、肌に触れたりすると症状が出るんだ。赤くなったり、
たしかグローブをしているときは問題ないと言っていた。
「グローブや手袋をしているときは肌が鉄に触れていないから問題なかったわけだ。それで、いま赤くなっているところはさっき鉄に触れていたところ。だから手には症状が現れないでここだけ変化が起きてるんだ。触ってみたらちょっと
「神も精霊も呪いも関係ないのか!?な、なら、わたしは鉄の加工が……?」
「できる!肌に触れないようにすればね。それに、アレルギーは移ったりしないから、心配すんな!実は俺もアレルギーが、おごっ!」
「トール、ありがとう!」
不意打ちでルルが再び俺の胸に飛び込んできて息が詰まってしまった。強烈なタックルだ。うめき声だけでなく夕飯も出てきそうになるが、歯を食いしばって必死に我慢する。
「トール、本当にありがとう!わたしは、わたしは……」
ルルが俺の体を強く抱きしめ、胸に顔をうずめている。さっきと同じ状況になってしまった。どうしたものか……。
いや、今は喜びを享受するべきだろう。そう思ってルルの身体を抱きしめ、頭に手を乗せた。
「良かったな。ゴム手袋様々だ」
ゆっくりと頭を撫でながら、つい茶化してしまった。
「いや、お前のおかげだ。村の心無い連中と違って、お前はわたしを気味悪がらずに受け入れてくれた。わたしがどうするべきなのか共に悩み、共に悲しみ、お前の持つ知識を与えてくれた。本当にありがとう!」
大粒の涙を流しながらルルは俺を見上げてきた。この涙が意味するものは、先程堪えた涙とは真逆のものだ。喜びの涙を堪える必要などない。俺は彼女の額の赤くなった部分を親指の腹で撫でた。嫌がることなく、彼女はそれを受け入れる。さっきよりも色は落ち着いているし、発疹ももう引いてきたようだ。
「そうだ、こうしてはいられない」
「どうした?」
「お前の家に医学の本はあるか?このアレルギーというものをもっと勉強したい!」
さすが、村一番の勉強家だ。
「あまり専門的なものは無いけど、いろいろな病気の基本的なことが載ってる本ならあったと思うぞ。たぶん、アレルギーのこともあるだろ」
「よかった。それなら、今度こそ帰るか」
「そうだな」
言葉と裏腹に、ルルは俺を見上げたまま離れず、お互い見つめ合う形になる。
「もう少し、一緒にいてもいいか……?」
これはどう解釈すれば良いのだろう。映画とかで見るように、顔を近づけてもいいのだろうか。
そう思っていたらルルは三度俺の胸に顔をうずめた。
「引いたと思ったのに……、また涙が出てしまった」
「いいよ。泣け泣け」
かわいいやつめ。
「もっと『ぎゅっ』ってしていいか?」
「おう。我慢するな」
俺の腰に伸びる腕に一層力が入る。な、なかなかのパワーだ。感情が高ぶったのか、まだまだしゃくりあげる声は止まらない。
「う、うううう、ああーー!あああ、トール、ありがとう!ありがとう、トール!うわぁぁ!」
声を上げて泣きじゃくる、ルル。良かった、役に立てて。それ自体はいい。悪い涙じゃないわけだし。問題は別にある。俺を締め付ける腕がどんどんキツくなる。
あれ?コレちょっとやばい、キツい。キツすぎる!
え、ドワーフってこんな力強いの?こ、呼吸が、や、やば、くる、し……。
「る、ルルぅうぐっ!」
名前を呼んだら更に力が増した!ど、ドワーフ恐るべし……。
げ、げんか、い……。
「みーつけた!!」
「ひゃあっ!」
「んぐぁっ」
オリサの声、ルルの悲鳴に続き、俺の口から無様な唸り声が溢れ、腰のあたりから『ベキッ!』という音が響いた。
「トールさん!」
崩れ落ちる俺。コンクリの床が冷たい。天井の梁に埃が積もってる。掃除しなきゃ。そんな場合じゃないか。なんで危機的状況になるとどうでもいいことが目に入るんだろう。テスト前の部屋掃除とか。目がかすむ。意識が遠のく。周りが慌ただしい。
俺の名前と謝罪の言葉を繰り返し叫ぶルルの声
『え、えぇ!ごめん、そんなにビックリするなんて』とオロオロするオリサの声
『トールさん!聞こえますか!トールさん!すごい音がしました。トールさん!』と必死に呼びかけるリーフの声。何か、反応しなければ。だめだ。体が上手く動かない。みんな、ごめん、この世界はもう終わりっぽい。
神様、すんません。せめて……、彼女たちを元の世界に……。
そんなことを思いつつ、俺の意識は闇の中に消えていった。
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