「ルルの赤い手」part4
「というわけで、俺が冗談のつもりで言った『ドラゴン』って言葉にリーフとルルが思いの外心配してくれて、言うに言えなくなって……、その、誤魔化して悪かったよ」
俺が話している途中から、ルルは俺に背を向けて黙ってしまった。あの日、あれだけ心配してくれたんだ。怒っても当然だろう。
「ルル?」
返事はない。
「悪かった」
よく見たらルルの肩が小刻みに震えている。怒りに震えている?しくじった。
俺はルルに近づき、彼女の顔を覗き込んだ。が、当のルルは唇を噛み締めてぷるぷる震えていた。
思ってたんと違う。
「あの、ルル?」
「ぷっ、はははははは!」
堪えきれなくなり、ルルは腹を抑えて笑いながらその場にうずくまってしまった。あれ、すんごい笑ってる。
「ひっ、ひーっ。はっはは、ひゃー、はは!な、なんとも間抜けだな!」
笑いすぎて呼吸困難になりながら、言葉を絞り出した。間抜けなのは俺が?オリサが?
「はあ、はあ、いやすまない。こ、こんなに笑ったのは、生まれて初めてかもしれ……、くっ、はははは!」
指先で涙を拭いながら、必死に呼吸を落ち着けようとしたものの、笑いの波が寄せては返しているらしい。
「は、はぁぁ!あははは!はぁ、はぁ、く、苦しい……。はぁ、はぁ……あー、お、落ち着いてきた。あ、危なかった。死ぬかと思った、ぞ……はぁ、はぁ。いつも一緒に行動する仲良し二人組だと思っていたら、お前たち二人揃って仲良く強烈な間抜けだな!ふふ」
間抜けは二人ともかい。軽く傷つきながらも、嘘をついたことに怒っている様子はなく安心した。
「そんなわけで、お前はオリサのことを評価してるけど、いや、まあ実際に彼女の魔法には助けられてるけど、でもドラゴンのことは全部ウソ。オリサだって何でもできる万能なやつじゃないよ。ルルもさ、その……、自分にできることをしたら良いんじゃないか?金属を扱うだけが仕事じゃないだろ」
「ふう。そうだな。あれだけ辛かったのに、わたしはまだ笑えるんだ。いつまでも悲しんだところでどうにもならん。嫌なことは忘れて、この世界を生きよう」
予想外の笑いで気持ちの切り替えができたらしい。
「間抜けって言われたのは忘れないからな」
「いや、間抜けだろう」
「オリサはな」
「二人ともだ」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
・・・・・・・・・・・・
「こんな感じ?」
「そうだ。飲み込みが良いな」
あれから俺たちは物置で農具の修理をしていた。金属に触れるのは俺でルルは指示を出す。言われた通りに手を動かせば俺だって修理ができる。仲間なのだから、それぞれができることを分担すればいい。実に簡単なことだった。
ドワーフとしての誇りを持つルルはなかなか受け入れられない様子だったが、最終的には異なる世界に来ているのだから心機一転頑張ろうということで落ち着いた。
ルルは金属に長時間触れられない分、様々な文献を読み知識を蓄えていたそうだ。そう言われてみれば、たしかに俺たちの中で本を読んで理解する速度は彼女が断トツだった。日本語の慣用句さえ苦もなく使いこなしている様子だし。なんでも、村では誰より勤勉で、一番の知恵者だったらしい。
ちなみに読書の速度と理解力の銀メダルはリーフ、俺とオリサはまあトントンといったところ。自称頭脳派魔法使い、がんばれよ。
「ところでトールよ」
「ん、どうした?」
「この家には、流石に炉はないか?」
ルルが聞いてくるのなら、金属の加工に使うようなものだろうか。
「炉って、鉄を溶かしたりするやつ?」
「そうだ」
「一般家庭にあるものじゃないし、この辺りで設備がある家ってのも聞いたことないな」
「そうか。まあ、そうだな」
先程同様とまでは言わないが悲しげな顔。休憩がてら話を聞くのもありか。作業の手を止めてルルの隣に腰掛けた。
「何か、炉を使って作りたいものがあったのか?」
「いや、そういうわけじゃない。わたしは金属の加工はダメなのだが、炉に入れて熱したものを叩くなど、金属に直接触れない作業ならできるのだ」
「そうなのか」
「いろいろ試した結果わかったが、わたしができないのは金属を直に触って加工を施すものだ。熱した金属を扱うときは特に問題はない。分厚いグローブを装備するからかもしれないな」
炉の有無を聞いてきたのは、自分にできることを探そうとしているからなのだろう。
「じゃあ、村ではグローブをして作業に参加していたと」
「いや、わたしは作業場に入れてもらえなかった」
「どうして」
「人間族のお前はなんとも思わないだろうが、金属に嫌われたドワーフだ。他の者に気味悪がられるのは当然だろう。金属に嫌われるのが伝染するなどと言うものさえいた。……悔しかったがそれが現実になり、みなが嫌われてしまえば我が村は産業を失い破綻する。ならば……私が作業場に入らないのが何より平穏だ。それに、ドワーフは粗野な者が多いが、その技術の真髄は繊細で細やかな加工技術にある。グローブをつけて作業に臨んでも、その境地には辿り着けないと言われている。グローブが必要な作業は下積みの仕事と考える者もいた。『指先で直接触れ合わなければ金属の声は聞こえない』という者も多かったよ。金属が声を出すわけない、妬み半分でそう思ってはいるが、やはり皆が羨ましかった。……だから願い続けたんだ」
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