「ルルの赤い手」part3

「それで、どうしたんだ」


 散らかった農機具をとりあえず一箇所にまとめながら、椅子に腰掛けるルルに尋ねた。状況から見て、これらはルルが蹴り飛ばすなどして散らばったのだろう。俺は物置の隅に置かれていた、収穫した作物を入れるためのプラスチックケースを裏返して座った。


「ああ、そうだな……」


 ルルは言いにくそうにしながら長い三編みの先端を触っている。栗色の髪の中から話すための勇気を探しているかのようだ。

 最初から仔犬のようにフレンドリーだったオリサ、それを見守る親犬のようなリーフ。その二人に比べると、ルルは決して冷たいわけではないのだが一歩距離を置いているように感じていた。それを無理やり飛び越えて話を聞くのはマナー違反だ。俺は何も言わずに彼女のタイミングを待つことにした。


「お前は、ドワーフに対してどのように思っている?」


 質問が返ってきてしまった。ドワーフに思うこと?印象だろうか。


「んー、ちっちゃい?」

「うぐ。ま、まあ、たしかにドワーフは背が低い。大人でも、お前たち人間族の子供以下だ。だが、ち、小さいという表現は違うと思うのだがなぁ。わたしはこれでも長身だし」


 モゴモゴと訴えかけてくる。彼女の求める答えではなかったようだ。

 というかこれで背が高い方なの!?


「ドワーフなぁ」

「ど、どうなんだ?」


 身を乗り出して聞いてきたが、正直、もう正解を教えてほしい。だって俺の世界にドワーフはいないのだから。


「あ、そういやお前ずっと斧持ってるじゃん」


 近くに置かれた輝く斧を指差した。


「そ、そうだ!」


 ルルが立ち上がって俺を見据える。斧のことだったのか。


「ドワーフってみんな斧の扱いが上手なの?」

「え、あ、うん、ああ、そうだな」


 あ、座った。


「たしかに、ドワーフはみな自分の斧を持ち歩いているし、戦闘になれば獲物は斧だな。わたしの村は平和だったが」


 斧というテーマはかすっているような雰囲気だったので、もう少し斧について聞いてみようか。


「その斧って金属製だよな?」

「そうだ!」


 あ、食いついてきた。再び立ち上がって俺をじっと見る。


「それ重くないの?」

「あ、いや……、ドワーフは人間より力があるからな……」


 また椅子に座ってしまった。違ったのか。


「刃は当然だけど、持ち手も金属だな」

「そ、そうだな!」


 立った。ルルちゃんが立った。


「滑りにくい形してると思うけど、いつも手持ちで疲れない?」

「あ、ああ。ドワーフ……力持ち……」


 座った。ルルちゃんが座った。

 ここまで焦らされるとは思わなかったので困った。裏を返せば、それだけルルも言いづらいことなのだろう。


「あ、そういえば」

「なんだ!」


 身を乗り出すドワーフ娘。


「ドワーフって宝石の加工が上手いってオリサたちが言ってたけど……」

「そっちかぁ!」

「うおっ!」


 また立ち上がった。こいつ、おもしろいぞ。話し方のせいでもっと堅物だと思ってた。


「そうじゃないだろ!宝石じゃなくて!」

「宝石じゃなくて……えっと、金属?」

「ちがああぁぁぁう!!じゃない!そうだ、金属だ!はあっはあっ……。疲れた」


 今日のルルはどうしてしまったのだ。そして、さっきのいい雰囲気はどこへ行ってしまったのか。


「えっと、それで金属がどうしたんだ」

「うむ、お前も言う通りドワーフと金属は切っても切れない関係だ」


 最後の最後まで、自力では金属という答えにたどり着けなかったけど。


「実際にわたしの村は腕利きの鍛冶職人が何人もいて、その頂点に立つのがわたしの父だった。いや、父だけでなく母、祖父母、曽祖父母、更には高祖父母もみな大変優秀な職人なんだ」


 ルルは優秀な鍛冶職人の家系の出。

 オリサは普通の魔法使いが一つの属性の魔法しか使えないところ、遥かに上回る四属性を操る。

 リーフはわからないが、もしかして、俺を助けてくれる仲間たちは様々な分野のスペシャリストなのだろうか。


「わたしの家族が作る武器や防具は、世界中の男たちが心底欲しがるものなのだぞ。たしか『喉から手が出るほど』だ。この慣用句、正直気持ちが悪いと思うのだが……、まあいい。とにかく、世に出せば王室の近衛兵が使うような上物ばかりだ!」


 故郷に思いを馳せているのか、ルルは楽しそうに話を続ける。


「へぇ、ルルは凄い職人一家のお嬢さんなのか」

「そうだ!わたしの斧、あれは父が作った武器でも上物中の上物と言われている。滅多にお目にかかれるものではないのだ!」


 誇らしげに胸を張るドワーフの少女だが、彼女の目にはどこか悲しそうな色が含まれているように感じた。俺はルルのその目に見覚えがある。努めて明るく話しながらも、どこかもの悲しげな心の片鱗を見せる目。それは魔法の説明をしていたときのオリサの常磐色の目と同じもののように感じた。


「それでだ、父や祖父母がそのような存在なのだから、当然その子どもにも期待が向くだろう?」


 ルルのことだ。


「だが、その子ども、つまりわたしは出来損ないのドワーフだった」

「出来損ない?」

「わたしは、金属に嫌われているんだ……。加工をするために金属に触れていると、徐々にこの両手に異常が出てくる。そうなると、しばらくの間この手は使い物にならなくなるんだ」

「そんな……」


 先程つけたグローブを外し、悲しそうに両の掌を見つめながら言葉を紡ぐ。先程、手を擦る動きをしていたのと関係あるのだろうか、ルルの掌は赤く腫れていた。詳細を聞くのははばかられるが、手が使い物にならなくなるということは色の変化だけでなく痛みや麻痺などが起こり、上手く動かなくなるのかもしれない。それなら金属加工どころではない。


「ドワーフに生まれながら金属に嫌われる。笑えるだろう。実際に村でのわたしは笑いものだった。名工の娘だから素晴らしい技術を受け継いでいるに違いない、そう勝手に期待しておいて、わたしに才がないと気づいたら、あいつらはみんな……。いや、わたしもわたし自身に期待しすぎていたし、驕りがあったのだろう。名工の父が作る素晴らしい品々をわたしも作れると思っていた。そうして思い上がった罰でも与えられたのだろうな」


 そう自嘲気味に語るルルに、俺はなんと声を掛けていいかわからなかった。


「だからわたしは役たたずなのだ。……そうだ。トール、謝らなければならないな」

「謝る?」

「ああ、わたしたちはお前を手助けするために来た。オリサは早速活躍している。魔法が使えるなんて羨ましいな。リーフも家事全般をそつなくこなし、よく周りを見る器量の良いエルフだ。だが、わたしは……」

「おい、ルル」


 まずい、ひたすら自分を責め続けている。


「俺はなんとも思っていない。何も言うな」

「だが……」


 どうすればいい。


「金属に嫌われたドワーフだ。鉄を扱えないなら、せめて力があれば……。それならお前を守ることもできるだろう。わたしはドワーフだから人間族のお前よりは腕力もある。だが仮に今この場にドラゴンが現れたとしても、オリサのように無傷で撃退することなど」

「いや、そんなんいないけどさ」

「は?」

「あ」


 しまった。つい口が滑った。


「どういうことだ?」

「えーっと、あー、あのー……」


 どうしよう、どう考えても誤魔化しがきかない。仕方がない、白状するよりほかないだろう。


「あのだなぁ、実はこの世界にはドラゴンはいないんだよ」

「だが……、あの日泥だらけで帰ってきただろう?」


 ルルには納得してもらって、オリサを怒らないでもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る