「『常盤色のオリサ』と黒龍」part8

「トールさん、すみません。湯浴ゆあみをしたいのですが……」


 冷蔵庫の中を確認しながら夕飯を考えていたら再びリーフに話しかけられた。いつの間にか冷蔵庫がいろんな酒でギッチギチやないかい。犯人はあのちびっ子だな。


「湯浴み……、ああ、風呂か。いま沸かすからちょっと待ってて」

「お水と火でしたらオリサさんが用意してくださるとのことです。あとは場所さえ教えていただければわたくしどもで準備いたしますので」

「ううん、すぐ準備できるから気にしないで。座って休んでて構わないから」

「?」


 リビングにリーフを残し、浴室へと向かう。

 手早く浴槽を掃除して栓が閉まっているのを確認したら蓋をして完了。後は操作パネルの『自動運転』のボタンを押すだけだ。風呂場とリビングに備え付けられたパネルから同時に反応音が流れる。

『自動運転を始めます。お風呂の栓はしましたか?』

 聴き慣れた音声に続いてバスタブにお湯が流れ込む音がする。これであとは待つだけだ。

 そう思って浴室を出ようとしたところ、パタパタと走る音が近づいてくる。


「トール!誰かが問いかけてきたぞ!何者なんだ!?」

「へ?誰か?……ああ、機械がしゃべったんだよ。『お風呂の栓はしましたか?』とかそんな感じのこと言ってただろ?俺が今こっちで風呂の準備をしたからさ。ほら、中でお湯が出てるだろ」


 背後の蓋を取ってバスタブの中を見せると、お湯はまだ水深2.3センチと言ったところか。それでも薄らと湯気が登る。


「失礼。暖かい……。ど、どういう仕組みだ!?高温の湧き水があって取水しているのか!?」

「え、仕組み……?」


 考えたこともなかった。外のボイラーが水を暖めてくれているのだろうけど、説明できるほどは知らないし。


「うーん、仕組みは俺もあんまりわかってないけど、とにかくうちの風呂は機械が自動で入れてくれるんだよ」


 到底ルルが納得できる説明ではないだろうが仕方ない。


「ふむ、仕組みは追々勉強しよう。とにかく、これはすごいな。リーフ!オリサ!来てみろ、湯が出ているぞ!」


 あ、これは時間かかるやつだ。


 ・・・・・・・・・・・・


「これは、なんと便利なのでしょう!お風呂は大変狭いですが、利便性はわたくしの世界の遥か上を行っています」


 あ、リーフ様にとってはうちの風呂は狭いのね。なんかすんません。



「すっごい!トールの家はお風呂あるんだ!後でみんなでお風呂屋さんに出かけるのかと思った」


 銭湯?オリサの世界は昭和の日本に近いのかな。



「ん、もしやこれに入るのか?なんと贅沢な!その桶で湯を浴びて身体を洗って終わりのつもりでいた。いや、そもそも湯をこれほど贅沢に使えるとは。水浴びには寒いと思っていたので助かるが……、この世界侮れん。うーむ」


 ルルの世界は風呂に浸かるという考え自体なかったのか。水浴びってことは、割と暑い地域の出身だろうか。



 なにやら色々と説明した方が良さそうだ。特にルル。


「シャワーはわかるかな」

「存在自体は知っているが、使ったことはない」

「この蛇口を捻るとこんな感じで出るから」

「お、おおおお、これは便利だ!」

「身体を洗うのはこの円柱のボトルで、髪はこっちの青いやつ、妹が使ってたんだ。んで、トリートメントは……」

「いい匂いする!」

「石鹸が液体になっているのか。ほー」

「ルルちゃん、リーフちゃん、早く入ろう!」

「い、一緒にか!?裸になるのだろう!?」

「え?いいじゃん」


 ルルの世界には一緒に入るという風習はなかったらしい。


「わたくしが一緒ですと狭いでしょうから、お二人でどうぞ。ああ、家主たるトールさんがお望みであればもちろん四人一緒でも結構ですけれども」

「な、なんだと!?そ、それが風呂というものの規則なのか?」

「え、トールの世界は男女一緒なの……?」

「違うわ!」


 もうわけわかんねぇ。



 興奮する客人達の様子を見るに、これは食事の前に風呂が良いだろうと確信。

 俺はタオルと洗濯ネットを渡してキッチンへと移動した。洗濯機の説明は省略。三人はバスタブに満ちていくお湯を眺めたりシャンプーの香りを確かめたりと、この世界の風呂に目を輝かせていた。

 結局、風呂は一人ずつ入ることになり、オリサは残念そうに、ルルは安心した様子だった。リーフは何を考えているのかよくわからん。そんなことを考えながら俺は鍋に火をかけた。

 三人全員の入浴が終わるのは一人二十分として一時間後くらいだろうか。果たしてそれまでに煮込み終わるかどうか。料理下手な奴が煮込み料理を思いつきで作るもんじゃないな。店頭に置いてある時点である程度は味も染み込んでいるはずだし、大丈夫だろうか。風呂の後も待たせる場合は謝ろう。

 そう考えつつ夕飯の鍋をかき混ぜたが、この心配は全くの杞憂きゆうに終わることをこの時の俺はまだ知らない。風呂を気に入った彼女達が大層時間をかけて入浴したので、夕飯を食べ始めるのは煮込み始めてから二時間半ほど経った頃であった。腹減った。

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