「『常盤色のオリサ』と黒龍」part9
「ルルさんいい香りです」
「に、匂いを嗅ぐな!」
「いいじゃん、いい匂いなんだし。あたしこの世界のお風呂気に入ったー!こっち来て良かった!」
オリサとリーフがそれぞれ三十分入浴したのに続きルルが浴室に消えて行き、ようやく風呂から出てきたのはまさかの九十分後。そのルルを囲んで、やいやい盛り上がっている。
「そう言ってもらえて安心したよ」
「湯に入るのは初めてだったが、悪くないものだ。身体が多少火照っているのは、贅沢な感覚だな。だが、わたしは風呂にも増してこの世界の布が気に入った。柔らかくて着心地がいい」
そう言って肩からずり落ちる襟元を整える。やはり大きさはまったく合わなかった。
「たしかに着心地いいねぇ」
「二人とも妹のパジャマで悪いけど気に入ってくれてよかったよ。もうちょいルルに合う大きさの寝巻きがあればいいんだけど、それは明日探そうか。リーフも俺の服で悪いね」
俺の高校のださい青ジャージを着た金髪美女がそこにいた。
「いえ、とんでもない。わたくしに合う大きさの寝具が見つかると良いのですけれども」
ああ、たしかに。足元を見ればリーフの
「さて、夕飯か。わたしは酒もいただこう。そういえばお前たちは飲まないのか?」
「あたしは遠慮しとく」
「俺は未成年だしな。風呂上がりは冷えたビールが美味いってよく言われるぞ」
「ほう、ならばビールにしよう。冷やしておいてよかった。あの冷蔵庫とやらを作った者は天才だな。感謝してもしきれん」
そんなにか。ルルは嬉しそうにキッチンの奥へと向かっていった。
「未成年……。トールさんはまだ成長途中だったのですね」
そうじゃねぇんだよなぁ……。
「いや、身長はもう止まってるけどね。この国では酒が飲めるのは二十歳からなんだよ。二十歳からが大人って扱い。俺はまだ十八だからムリってわけ」
「そういうことですか。では、わたくしは大人ですのでルルさんと共にビールをいただきましょう」
うん、オトナのお姉さんなのはよくわかってる。ジャージでもなお色気凄まじいし。
「楽しそうだね」
「オリサは飲まないんだよな。俺と同じお茶でいい?」
「うん、よろしく」
・・・・・・・・・・・・
「さて、んじゃ夕飯にしようか。今日の夕飯は『おでん』です」
ダイニングテーブルの中央に置かれた土鍋の蓋を取ると、もうもうと立ち込める湯気が鍋を覆う。三人とも興味津々で覗き込むがよく見えないためヤキモキしているようだ。
「トール、これはどんな料理なんだ?」
まぁ一眼見ただけじゃわからないよな。
「日本の冬の定番メニュー、かな。魚のすり身とか肉とか野菜とかゆで玉子とかいろいろな具材を煮込んだものだよ。いま取り分けるからもうちょっと待ってて。そうだな。まず二品ずつ取るから、その後は各自で気になるものを取ることにしようか。王道で大根とはんぺんを取ろうかな。あ、先に飲んでてくれていいから」
「なら遠慮なく」
「いえ、家主であるトールさんより先にいただくわけにはいきません」
「!」
ビールの缶を握りしめたままルルの動きが止まる。
「ルルちゃん顔真っ赤だよ!」
思わずオリサが笑ってしまう。
「す、すまないトール。痛恨の極みだ、酒を前に我を忘れてしまった」
「ああ、すみません。ルルさんに強制するつもりではなかったのですが」
「ふふ、気にすんなって。じゃ、とりあえず乾杯しようか」
俺とオリサは緑茶の湯呑みを、ルルとリーフは缶ビールを手に取る。
「あー、なんだろ?えー、みなさん、あのー、わざわざこんな
「まさかこのままビールがぬるくなるまで待たされたりはしまいな」
あ、長々とスピーチなんかする必要ないのか。意気揚々と湯呑みを持ったけど、何を言えば良いのかよくわからん。
「トールが乾杯を捧げたい相手とかものを言えばいいんだよ。『かわいいオリサちゃんに!』とかさ」
「えー」
「え、何その反応!」
「ふふ。ではわたくしから。新たな世界に!」
困惑する俺にリーフが助け舟を出してくれた。ビールの缶を掲げて次を待つ。
「新たな自分に!」
「あたしは……、これからみんなと過ごす時間に!」
ルルとオリサが続く。最後は俺だ。
「それじゃ、仲間に!」
「「「「乾杯!!」」」」
「パァぁぁぁぁ!美味い!この世界のビールも美味いもんだな!風呂上がりに飲みたくなるのもよくわかる」
「そ、そんなにか?喜んでもらえてよかったよ」
「確かに大変美味しいですね。ちょっと飲み過ぎてしまうかも」
「いいんじゃない?急いでやらなきゃならないこともないし、今日は特別だよ」
「ああ。明日は午後から活動開始でもいいから、たくさん飲むといいよ」
「おかわりをいただこう。リーフも飲むか?」
「はい、ぜひ」
「この丸いの美味しい。なんてお野菜?」
「大根だよ。よく煮たから味が染みてるだろ?」
「うん、もう一個食べていい?」
「おう。実はもう一つ鍋があるから、まだまだあるぞ」
「こちらの柔らかいものも美味しいです。優しく舌の上で蕩けるような食感。これは……、魚のすり身でしょうか」
「そう。はんぺんって言うんだけど、えっ!嘘だろっ!?」
「ど、どうしたの?」
「リーフ、箸使ってる。え、今日の昼に初めて見たんだよね?」
「ええ。慣れると実に便利ですね」
「この世界に来て驚きの連続だったが、リーフも大概だな」
「ふふ、がんばれば皆さんもすぐ使えるようになりますよ。ところでトールさん、その串に刺さっているものはなんでしょうか?」
「牛すじ。俺は好きな牛肉のネタだけど、ちょっと食感にクセがあるかも。一口食べて合わなければ残しちゃっていいから」
「こ、これは!すみません、もう一本、いえ、もう三本ほどいただけますか!?」
「そ、そんなに気に入ったんか。もちろんいいよ」
「ん!?んんんむぅぅ!!と、トール、これ何?」
「え、あ、カラシか。これ単独で食べるものじゃないんだよ。食べ物に付けるもの。ごめん、言うの忘れてた」
「口直しにビールでもどうだ?」
「やめい」
「このビールの容器、金属なのにずいぶん薄いな。作り方を知りたい」
「ちょっと俺もわからないなぁ」
「お腹いっぱーい!美味しかったよ」
「そいつは良かった」
「さて、アイスクリーム〜」
「腹一杯じゃなかったんかい」
「こんなに楽しい宴は久方ぶりです」
「前回はどんな宴だったの?」
「オークの軍勢を人的損害無しでの殲滅に成功した祝宴でした。ふふ、懐かしい話です」
「おーく……?オークって何?」
「そ、そうか……」
「え、リーフちゃんって軍人さん……?」
正直突然の同居で不安でいっぱいだったけど思いの外すんなりと打ち解けることができた。明日からも仲良く過ごせるよう頑張ろう。
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