「最後の一人の地球人」part2

 今朝は俺が起きた段階で家には俺しかいなかった。家族で一緒に生活する時間もあと二か月程度。

 生活環境が大きく変わることもあって、ここ最近ワクワクしていると同時に自覚できる程に心が落ち着かなかった。寒さ真っ只中なのにやたらと出かけてしまうのも、家に一人だとどうにも気分が悪いというか、そわそわするというか、収まりが悪いからだ。こんな調子で一人暮らしなんてできるのか。

 実際に環境が変わればなんとかなるとは思うが、それまでの期間、我が事ながら心配になる。こんなことなら地元で進学したほうが良かっただろうか。出かけるなら車がないと不便だし、『どんなところが魅力?』と聞かれたら『自然が豊富』という何もないときの常套句が出てくるぐらいの田舎なのだが、もちろん愛着はある。

 とりあえず、今夜の夕飯でも考えながら出かけることにしよう。一人暮らしに備えて、ここ最近の夕飯は目下俺が作ることになっている。今までたいして母の手伝いをしなかったのでわからなかったが、毎日料理を作るのはなんとも頭を使う労働だ。母と妹に感謝せねば。

 カレー。市販のルーのおかげで味は問題ないが何度も作ったため妹から不評。

 麻婆豆腐。市販の麻婆豆腐の素のおかげで、以下カレーと同じため省略。

 スパゲティ。市販のソースと乾麺のおかげ、以下略。

 そうだ。うどんでも作ってみるか。小麦粉から頑張って。天ぷらも作って揚げ物に挑戦するのもいいし。それがいい。

 考えごとから我に返りふと駅備え付けの時計を見た。時刻は十時五分過ぎ。


「ん?」


 おかしい。もう電車が来て乗っているはずの時間だ。時刻表と時計の間で二、三度視線を往復させるが先程の情報は間違っていない。

 スマホを取り出して運行情報を見てみたが、遅延しているという情報も見当たらない。電車が来たのに気づかず、ずっと考え事をしていたなんてことはさすがに考えたくない。

 ならどうして。

 何の気無しにあたりを見回しているうちにもう一つ疑問が出てきた。なぜ他に客がいないのだろう。ホームには俺一人しかいない。いくら田舎の無人駅といえども、更に平日の昼間であろうとも、一時間に一本の電車に客が自分一人というのは経験がない。俺より先に駅に来た人がいないのはわかっていたが、後から来た人もいない。俺と同様、時計を見ながら線路の先に視線を送る人がいてしかるべきだ。だが、ホームには自分しかいない。

 なぜだか急に強い不安感に包まれた。

 ひどく心がざわつく。まるでいつの間にか自分だけ別世界に迷い込んでしまったような言いようのない孤独感。

 だとしたら、子供の頃から見知ったこの景色は全てそっくりな別世界のもの?不安感から嫌な想像が止まらなくなる。いや、流石にそんなありきたりなホラー映画のようなことはないだろう。とりあえず近くのコンビニへ行ってみよう。誰か、誰でもいいから人を見れば安心できる。

 走り出すような勢いでホームを離れ近くのコンビニへと歩きだしたが、また嫌な想像が頭をよぎる。これがホラー映画ならコンビニに入って最初に会った店員が宇宙生物やら幽霊的なものに操られていたり、ゾンビが人に齧り付いていてこちらへ振り返ったり……。

 俺は馬鹿か?現実的に考えろ、そんなこと起こるはずがない。

 まさか生活環境の変化がこんなにも自分の心を不安定にするとは。なまじ映画好きであったことで、こんな妄想に耽って焦りを感じるだなんて情けない。何年か経ったら笑い話かもしれないが、他人に話すのもはばかられる。

 コンビニで飲み物でも買って今日は家に退散するべきだ。帰ってサブスクで映画でも見よう。気分転換には映画が一番だ。言いようのない焦燥感を抱きながら歩いていると目的地が見えてきた。

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