「最後の一人の地球人」part3

 コーラにするかお茶にするか、この後映画を見るなら利尿作用のあるお茶はやめるべきか……、意識して呑気なことを考えながら店に入ったが、お決まりの『いらっしゃいませ』もなければ人気もまったく感じられなかった。客がいなくて店員が奥に行ってしまったのだろうか。それにしては何の気配も感じない。それこそ先程まで腰を下ろしていた無人駅のホームのようだ。

 落ち着け。

 冷蔵庫からコーラを取り出してレジに置き、店の奥、おそらく事務所になっている空間に向けて声を張った。


「すみませーん」


 少し待ったものの返事はない。


「すみませーん!」


 さっきより大きな声になったが、構わない。もし店員が奥にいるなら、慌てて出てきて謝ってくるだろう。その時は俺も大きな声で急かしたことを謝れば済むはず。だが、待っても誰かが近づいてくる様子はない。

 流石におかしくないか。『田舎だから人に会わない』にも限度がある。電車が来ない、店員もいない、そういえば車はどうだろう。走っている音を聞いただろうか。

 なぜ?

 誰かに連絡しよう、だが誰にだ?とりあえず妹に。ズボンのポケットからスマホを取り出し、通話ボタンを押した。思春期だからか妹とは少し前から自然と会話が減ったが別に嫌い合っているわけじゃない。今はとにかく声が聞きたい。

 だが、そんな俺の想いとは裏腹に、聞こえてくるのはコール音だけ。コール音が続く。続く。妹が電話に応対することはない。


「残念ながらな、だれも出ないと思うぞ」


 唐突に背後から声が聞こえてきて、思わず飛び跳ね悲鳴を上げそうになった。

 振り返ると、そこには一人の老人が立っていた。純白のローブのような衣服を身に纏った、背の高い男だった。第一印象はまるで仙人。真っ白な山羊髭と正反対の禿頭とくとう、年の頃は七十か八十過ぎくらいだろうか、腰が曲がった様子はなく胸を張って堂々と立つその全身からは威厳さえ感じられた。左手には本人の身長くらいの高さの杖となぜか栓抜きを持ち、右手にはどういうわけか瓶ビールを二本持っていた。


「キミも飲むかい?」


 いつの間にか背後に立っていた老人の突然の問いかけに戸惑ってしまう。


「ああ、い、いえ」

「そうか。銘柄が好みじゃない?」

「え?あの、未成年なんです」

「あー、そうか。日本は二十歳からだったか。今何歳だね」

「十八、です」

「大人の体は出来上がっとるんだ、飲んでも問題ないさ。それにベトナムは十八歳から飲酒可能だし、ドイツに至っては十六歳だからな」

「でも、ここは日本ですよ」

「ごもっとも!」


 カッカッカッと上機嫌に笑いながら、老人は杖を床に置きビールの栓を抜いた。さっきまであれほど人に会いたがっていたのに、今はこの不審な老人からどう逃げるかを考え始めていた。

 そういえば、本当に幸せそうに瓶に熱烈な口づけをしているこの老人は商品の代金を払ったのだろうか。


「あの、お金払いました?」


 言ってから『しまった』と思った。こんな不審な老人を逆上させたら、この後が面倒だ。

 だが、老人は予想に反し楽しげに大笑いし始めた。


「少年よ、お前さんは正義感が強いな。確かに言うとおりだ。金は払わねばダメだ。だがな少年。いいか、カネ、いや経済というものは払う者だけでなく受け取る人間もいなければ成り立たんぞ」


 どうにも回りくどい話し方をする老人だ。面倒だな。


「セルフレジなら機械がお会計してくれるんですけどね」


 老人はずいぶん楽しそうに俺を見つめながら酒を飲み続けている。


「お前さんは肝が座っているな。若いのに大したもんだ。よし、そろそろ本題に移ろう」


 早くも瓶ビールを一本飲み干した老人が、直前までとは打って変わって真剣な目で俺を見つめてきた。本題?ということは、俺に用があったのか?初対面なのに?


「さてさて、何から話すべきかのう。よし、結論から言おうか。透よ、お主以外の人間は皆、異世界に転移してしまったのだ!」


 いたって真面目な顔でそう断言した。


「馬鹿にしてます?」

「そうじゃない、真面目だ。異世界転移だ。生きたまま移動しているから、転生じゃなくて転移という言い方で合っとるはずだ」


 頭がくらくらしてきた。

 嫌なことがあったら酒を飲みたくなる大人の気持ちがわかったような気がする。未成年だけど。

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