「リーフの異常な愛情」part3

「そんなわけでな、せっかく人がいないわけだし、わしもこの世界をエンジョイしとるんじゃよ。おまえたちも頑張っとるようだな」


 乗馬クラブ内のカフェスペースに移動した俺たちは神様に近況報告をしていた。


「この世界をエンジョイするのはわかりましたけど、なぜにカウボーイファッション?」

「馬に乗るならカウボーイじゃろう。それが礼儀というものだ」


 アメリカでしか通じそうにない、謎の礼儀を説かれた。

 ああ、そうだ。あの日、短い時間しか接していなかったが、この神様はこういう性格だ。

 馬はアメリカだけの動物じゃないんだから、モンゴルの民族衣装とか時代劇のような格好でもいいだろうに。

 それにしても、光の粒子になって消えた神様が同じ市内でカウボーイファッションに身を包み毎日乗馬をエンジョイしていたとは思いもしなかった。あの雰囲気重視の去り際は何だったのだろう。


「馬たちの世話も神様ご自身でしていたのですね。あの子たち、初めは知っている人がいなくなって怖かったそうですが、神様がお世話をしてくれて安心したそうです」

「それならよかったわ。すまんが、オレンジジュースを取ってくれ。冷蔵庫に入っとる」

「ビールじゃなくていいんですか?」


 初めて会った日を思い出し聞いてみた。


「酔って落馬したら危ないからな。落馬は怖いぞ。暗くなってからの乗馬も、ちと危ないから覚えておけ。おお、すまんな」

「はいはーい」


 オリサからペットボトルのジュースを受け取り喉をうるおす神様。その神様が一息ついたタイミングを見計らってリーフが口を開いた。


「神様、改めまして再びお会いできて光栄です。早速ですがわたくしはお聞きしたいことがあります。ここの馬たちは神様がお世話をされているようですが、他の牧場の動物たちはどうなのでしょう。わたくしたちは動物を飼いたいと思っており今日こんにちここへ参りました。お教えください、わたくしは全霊を以って飼育大臣としての使命を果たす所存なのです」


 大臣の件、そんなに重要視していたのか。


「ほうほう、皆それぞれ頑張っとるようだな。教えよう。動物たちは無事じゃ。うまく連れてくれば飼育できるぞ」


 リーフの表情が太陽のように明るくなった。


「やったね、リーフちゃん!」

「はい!ありがとうございます」


 オリサも嬉しそうだ。


「他の牧場の生き物にも餌をあげてたんすか?」

「流石にそんな余裕はないさ。なので、動物たちの時間を止めてしまったんじゃ。今、この星の動物たちは固まっている。ああ、海とか山とか自然界のものは別だ。人間の手で飼育されていたものだけ。かわいそうではあるが、死んでしまうよりはいいだろう」


 なるほど、これが神の力か。人智を超えている。凄いとしか言いようがない。


「これで光が見えましたね!」


 リーフが力強く宣言した。そのとおりだ。


「だが、動物か。移動も大変だし、厩舎も新しく建てねばならんだろう。前途多難だな。飼育ならハムスターとか熱帯魚でもいいんじゃないか?」


 ちょっとしたペットが飼いたいわけじゃないんだがなぁ。


「ねぇねぇ、かみさまー。ちょっと力貸してよ。神様の力でひょいひょいってうちの近くに建物作って、いろんな動物移動してきてさ。あたしたちが全部用意するのはムリだけど、神様ならできるでしょ?ほら、いま見た感じ神様割とヒマそうだしさ。『ごっどぱわぁ~』とか言って無駄にすごい力あるし。ね?名前がダサいのは別にしても、力は本物だしさ」

「お主はわしへの敬意が感じられないな」


 人のことは言えないが、オリサには目上の人へ依頼の表現を教えたほうが良さそうだ。

 さて、どうしたものか。言い方はともかく、オリサの言ったことはもっともだ。今の俺たちだけじゃ、家畜の飼育に手を出すのは無理がある。

 そこで突然、神様と向かい合って椅子に座っていたリーフがひざまずいた。


「今しがたオリサが不敬な態度を取ったことは謝罪いたします、誠に申し訳ございません。しかしながら、どうかお願いいたします。我々に、神様のその偉大なお力をお貸しいただけませんか。今この場にいないルルも含めたところでたった四人では、建物を用意するだけでどれほどの時間を要するか検討も付かず途方に暮れておりました。この日この場で神様と再会できたことはまさしく天佑神助てんゆうしんじょとしか申し上げようがございません。神様!どうかお願いいたします!」


 オリサのあまりに粗雑な態度に神様が当然の反応を示したが、リーフが誠意で対応した。


「ま、よかろう。リーフは目上の者への対応をよくわかっておるな。お主ら、彼女によく学ぶのだぞ」

「わかりました」

「はーい」

「それでは、まず場所を確認せんとな。透よ、お主の家に行こうか」

「それじゃ、車に乗ってください」

「あの、せっかくですのでわたくしは馬でもよろしいでしょうか」


 なるほど、少しでも動物と触れ合いたいのだろう。


「もちろん」

「ならばわしも馬にしよう。連れてくるから、ちと待っておれ」

「じゃあ、準備ができるまでここにいます」


 俺とオリサは厩舎に向かっていく二人を見送りつつ、椅子から足を投げ出して伸びをした。


「お前は車でいいの?」

「うん、だって楽できるからね」


 わかりやすくてよろしい。


「素直なやつだ。馬には乗れるんだよな?」

「もちろん。あたしのいた世界に車はなかったもん。トールは?」

「今度教えてくれ。今までの人生、馬と触れ合う機会もなかったよ」

「もっちろん!あたしはキビシイから覚悟しろ!」

「んじゃ、リーフに習う」

「なんだよ!あたしを『師匠』って言えよぉ!」

「そういやししょー、神様にあの頼み方はないだろう」

「なんかあたしが思ってた『師匠』じゃない……。まぁ自分でもあんま丁寧じゃないのはわかってるけどさぁ、でもねぇ……」


 オリサが言葉を濁すのは珍しい。理由を尋ねても良いのだろうか。


「どうした?」

「正直さぁ、あの神様、威厳なくない?」

「あ、やっぱお前もそう思う?」

「よかったぁ。トールもそう思ってたんだ。あの神様が相手じゃ、あんな態度にもなるよ」

「そう考えたら、リーフってすごいな」

「そうだねぇ。リーフちゃん、即興でよくあんな言葉出てきたよね。あ、そろそろ行こっか」


 オリサと意気投合していたら、ガラスの向こうから馬を引いて近づいてくるリーフ達が見えた。

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