「ルルの赤い手」part7

「ルル!どこだー!」


 薄暗い夜道をかれこれ三十分は歩きまわっているが返事はない。危険な生き物はいないと思うが流石に心配になってきた。一旦帰ってリーフやオリサにも手伝ってもらうべきだろう。

 今は俺の運転での移動が主だが、彼女たちのために今後は車以外の移動手段もあったほうがいいだろうか。馬がこんな時間に走れるのかわからないが。ということは自転車が最強?


「あれ?」


 自宅の門まで来て気づいたが物置の電気が灯っている。慌てていてさっきは気づかなかった。扉の隙間から明かりが漏れているのは消し忘れではないだろう。小走りを続け火照った体から白い息を吐き出し、俺は物置へと歩を進めた。



「おお、何とも無いぞ。手が!」


 中に入ってみたら案の定、探していたお嬢さんがいた。灯台下暗しだったようだ。心配しながら走り回った時間を返してほしい。


「おいルル。なーにをやってんだ、お前」

「おお、トールか。どうした。いや、それよりまずはこれを見ろ!」


 そう言ってルルは興奮した様子で元気よく俺に掌を見せつけた。何だ?

 たしか、ギリシャではこのジェスチャーは『てめぇの顔に糞を塗ってやる!』というサインだったはず。立ち読みした雑学本に載っていた話を思い出した。本当かどうかは知らん。こんなしょーもない知識ばかり頭に入れているから勉強ができないに違いない。

 ルルはいま何をしているのだろうか。流石に異世界からやってきたドワーフがなぜかドヤ顔で俺を罵っているとは考えにくいだろう。しかもギリシャ式。それなら俺は何を見せられているのだろうか。


「あー、白くて小さくて、かわいい手だな」

「な、なんだいきなり!」


 一瞬のうちにルルの顔が耳まで真っ赤になってしまった。違ったらしい。オリサがちょいちょい俺をからかうからつい同じようなものかと。

 あれ、ということは、今は俺がルルをからかっているような状況なのか。俺も恥ずかしくなってきた。


「問題ないんだ、この手が」

「手?」

「ああ。ゴム手袋をして、スコップを握り続けていたんだ。わたしは金属に嫌われていると言ったろう。いつもなら二、三十分程度経つと手が赤くなり、何も握れなくなるんだ。だが、このゴム手袋を着けたら大丈夫だったんだよ!このゴム手袋をしていれば、鉄はわたしが触っていると気づかないのかもしれん。これならグローブより指が動かしやすい!これでわたしは金属の加工ができるはずだ!わたしがこの世界に来たことは無駄ではなかった!」


 早口でまくしたてられた。だが、それも無理からぬことだろう。金属の加工を生業とするドワーフの名工の元に生まれながら金属に触れることができない、そんな地獄を味わったルル。その彼女にとって人生の闇を強く照らすものが現れたのだ。その名も『ゴム手袋』様。


「トール、ありがとう。お前がわたしを前向きにしてくれたからこの道具に出会えた。お前には感謝してもしきれない!」


 言い終わるか終わらないかというタイミングでルルが俺の胸に飛び込んできた。両手を俺の胴に回し俺の胸に顔をうずめている。

 俺も感謝された。どうしたらいいだろう。抱きしめ返したり、頭を撫でてあげたり優しく頬に触れたりするべきなのだろうか。女の子に抱きしめられて正直ドキドキしている。これはチャンスなのか?でも、もしそんなことをしてルルがあとで他の二人に


『あやつ、勘違いしてこれ幸いと肌に触れてきおった』


なんて話したらどうしよう。


『まあ。トールさんがそんなことを。今までひとつ屋根の下このハーレム状態をさぞや堪能していたのでしょうが、わたくしたちは別のお宅に引っ越ししましょうか。お年頃なのはわかりますが、ちょっと嫌ですわね』

『それがいーねー。あたしがからかったときとか、目つきがやらしいなぁって思ってたんだぁ。ルルちゃん、そのまま押し倒されなくてよかったねぇ。危ない危ない』


 こんな恐ろしい会話をされる未来が見えた。


「トール!」

「ひぃっ!」

「ど、どうした!?」

「な、なんでもない」


 急に名前を呼ばれたので悲鳴をあげてしまった。一瞬不思議そうな顔をしたものの、ルルは俺から二、三歩離れて真っ直ぐ俺の目を見た。

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