「ルルの赤い手」part6
「んー、おなか空いたぁ」
夕飯を食べてそのまま横になり寝息を立てていたと思ったら、突然、寝言で空腹を訴えてくる魔法少女が一名。これ本当に寝てるのかな?……上下する胸の動き的に寝てるらしい。すげぇ寝言。
「リーフ、わたしも手伝おう」
食べ終わった食器をキッチンに運ぶ俺とリーフにルルが声をかけた。
母屋に帰る頃にはリーフが夕飯の準備を終わらせてくれていた。
リーフが凄まじく料理上手で助かった。もともと料理好きだったのかセンスが良かったのかわからないが、レシピ本をひと目見ただけで書いてある料理を難なく身に付けてしまうほどだ。この世界のキッチンを使いやすいと言って大変気に入ってくれているのも嬉しい。この世界に来た初日に俺の見様見真似で箸をマスターし、調理中は器用に菜箸も使っている。
今更だけどリーフって何者なんだろう?
今まで調理も片付けもリーフが一人でそつなくこなしてしまうため率先して手伝ってはいなかったのだが、今日はルルが手伝いに名乗り出た。いつもは食事が終わるとすぐに酒を飲みながら読書を始めるのだが、昼間のこともあり新しいことに挑もうとしているようだ。
「ありがとうございます。それではわたくしが洗ったものを拭いて棚に戻していただけますか」
「わかった。……いや、すまんが逆にしてくれるか?わたしが洗おう」
「結構ですが、どうされましたか?」
「わたしでは上の棚に届かん」
「あ!気づかずにすみません」
「ふふ、気にするな」
リーフは知らないが、新たな一歩を踏み出したルルは機嫌がいいようだ。
「それでしたらルルさん、ゴム手袋をお使いください」
「ごむてぶくろ?」
「その桃色の手袋です」
「なんだこれは?柔らかいな。」
「ゴムを見るのは初めてか?」
二人の様子が気になって俺もキッチンに移動した。
「ごむ……?この柔らかい物体か。なんとも奇妙だな。柔らかく、伸縮性がある」
「それを着けてみてください。手を濡らさずに洗い物ができます。肌荒れを防げますよ」
「肌荒れなぞドワーフにはたいした問題では……。いや、リーフが好意で言ってくれたのだ。無下にしてはいかん。何事も経験だ、着けてみよう」
ルルの世界にはゴムというものがないのか。
読書好きだからなのか、ルルはとりわけ好奇心が強いように感じる。もしかしたら今も、内心では洗い物より初めて出会った『ゴム』について分析したいのかもしれない。
そういえば彼女たちが来た初日、ルルはまず地面のアスファルトについて分析していた。それに、車で出かけようとしたらルルだけなかなか乗らなかったな。周囲をウロウロ歩き回って車を観察するから無理やり乗せたっけ。
「ほう、これは不思議だ。薄く柔らかいのに弾力があり丈夫そうだ。凄いな」
ピンク色のゴム手袋に包まれた両手を握ったり開いたりしながら、不思議そうに見つめている。人はゴムに初めて出会ったときこんなリアクションをするのか。
「なるほど、このゴムというやつのおかげで水と洗剤に触れないから肌荒れを防げるのか。ふむ。なるほど」
実に微笑ましい。
「ルルさんは普段からグローブをしていますが、手が汚れるのがお嫌なのかと思いました」
「う、まあ、そんなところだ」
今のところ、ルルと金属の相性が悪いことを知っているのは俺だけだ。本人が打ち明けない限り、俺が勝手に話すべきではない。
「それでしたら、次から洗い物や掃除のときなど普段の生活でもこちらを使っては如何でしょう。グローブでは厚みがあって細かな作業がし辛いでしょうし」
「なるほど、たしかにな。若干大きいが、悪くない」
とりあえず問題なさそうなので、俺はオリサに毛布をかけてやろう。いや、起こして風呂に入るよう促すべきか。このまま寝させたら夜中に起きるだろうし。
「おーい、オリ……」
「これだぁあぁぁぁ!」
「はにゃぁぁっ!?いだっ!」
「あがっ!」
「えっ?」
オリサを起こそうとして俺が身を屈めたタイミングでルルが絶叫し、飛び起きたオリサの額と俺の顎がごっつんこ。めちゃくちゃ痛い。各々、顎と額を抑えて倒れ込んでしまう。
「だ、大丈夫ですか!」
キッチンから飛んできたリーフが俺たちを見てオロオロしている。じんわり涙の貯まる目で諸悪の根源を探すが見当たらない。
「ルルは?」
「も、猛烈な勢いで外に飛び出していきました」
わけがわからん。
「様子を見てくる。あ、オリサ。寝るなら風呂に入ってからにしろよ」
「りょ、りょーかい」
オリサは目に大粒の涙を溜めながら、混乱した様子で額をさすっていた。
あのちび助、いったいどうしたんだ。
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